2017-11

5・11(水)エリアフ・インバル指揮東京都交響楽団

   サントリーホール  7時

 インバルが帰って来た。
 都響の建て直しへの救世主――と呼ぶのも変な話だが、大震災後の1か月に及ぶ演奏「自粛」のブランクのため錆びついてしまった都響のアンサンブルを叩き直すには、やはりこの人しかいない、という感もあるからだ。

 もちろん、4月定期におけるアツモン指揮のブラームスの「2番」の後半2楽章や、リントゥ指揮の「フィンランディア」での演奏は、震災前の演奏水準を蘇らせていたのは事実だが、それらは根本的な復旧とは些か言い難いものであった。・・・・それにしても、何年もかけて営々と築き上げたはずの「卓越した水準」が、1か月のブランクでかくも脆く崩れ落ちてしまうという、オーケストラというものの微妙さ、危うさ、恐ろしさ――それを痛感させられたのが、今回の都響のケースだったと言えよう。

 だが、何もない土地に新しく線路を敷設するのとは違う。錆びたレールでも、列車を走らせればすぐ錆が落ち、再び輝いてくれるだろう――と願うのが、音楽愛好者としての人情というものであろう。その期待がかかっていたのが、この5月定期だった。

 結論から先に言えば、今日の演奏、やはり流石はインバル――と讃えられてしかるべきであろう。
 前半はシューベルトの「交響曲第5番」。柔らかく清澄に仕上げられた都響の演奏には、久しぶりに美しさがあったが、何かメリハリに欠け、淡彩で、この程度なら、ちょっといいオケなら出来る範囲のものだろう。私が都響に期待するのは、それ以上のものである。従って希望は、後半の「英雄の生涯」にかけられる。

 冒頭の「英雄の主題」は思いのほか毅然と始められたが、その第1部と、続く「英雄の敵」――何か安定度のないアンサンブルと演奏に、やはり未だダメか、と落胆する。
 が、「英雄の伴侶」で矢部達哉が綺麗なソロを繰り広げたあとの、全管弦楽による陶酔の歌の個所から、オケが俄然、豊麗な音色に変わり始めた。そのあとは、もう大丈夫である。「英雄の戦い」での、ともすれば野放図に陥りがちな咆哮部分でも、オーケストラは均衡を保って鳴り響いていたし、「英雄の業績」「英雄の引退」と続く部分では、色彩感も甦っていた。
 インバルは比較的速めのテンポで、全曲の起伏を大きく弧を描くように構築して、特に中盤以降は緊迫感に富むドラマをつくり出して行ったが、これも充分に納得させられるものであった。

 13日の演奏の時には、さらに良くなるだろうと思う。

コメント

<<「英雄の戦い」での、ともすれば野放図に陥りがちな咆哮部分でも、オーケストラは均衡を保って鳴り響いていたし>>,僕もそう思います。
<<前半は、ーーー柔らかく清澄に仕上げられたーーー>>、さらに、そう思います。
<<都響のアンサンブル>>が、人を得ないことによって露呈する企画力とそれによって引き起こされる<<オーケストラというものの微妙さ、危うさ、恐ろしさ>>、もそう思います。

 確かに、この日の演奏は、良かったです。
 しかし、””英雄の生涯’’っていう曲、気合を入れて望んでくる作品ですが、<名曲愚演(表層的にやっても、すばらしく聞こえてしまうおそれのある作品)>、になってしまうおそれをはらむ作品ですね。
 そうだとしても、演奏は、とても良かったです。素直な気持ちで家に帰り、次の日も気持ちよく朝、出社し普通に仕事、外回りの営業に出ていました。

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