2017-08

5・10(火)チョン・ミョンフン指揮ソウル・フィルハーモニー管弦楽団

   サントリーホール  7時

 曲目が変更され、チャイコフスキー・プロとして「ヴァイオリン協奏曲」と「悲愴交響曲」が演奏された。

 協奏曲のソリストは庄司紗矢香。LFJも含め、このところあちこちで聴く機会がある。
 今夜のチャイコフスキーは、最近の彼女としては珍しく少しロマンティックな要素を感じさせた演奏だ。が、チョンの猛烈に煽るテンポに対して、あるいは16型のオーケストラの音量的猛攻に対して、一歩も譲らず渡り合う彼女の集中力は、さすがに物凄い。
 ここでは、見事なテクニックを示しながらも、それを決して単なる技術偏重のものとして感じさせず、作品が持つ目まぐるしい華麗な力の表現として印象づけるという、最良の意味でのヴィルトゥオーソ的な彼女の演奏が実現されていたのであった。
 しかも、カデンツァの個所に到るや、俄然いつもの彼女の切れ味鋭い、鮮烈な音楽が顔を覗かせる。この瞬間も面白い。

 「悲愴」は、弦を18型に増強させての大編成。しかもコントラバスは10本でなく、12本(!)である。
 今回は東京フィルから楽員を17人、およびチェロのトップにN響の木越洋を客員として加えたそうだが、そこまでしても大編成にしたいというチョンの考えなのだろうか。
 弦は協奏曲におけると同様、ガリガリ弾かせずに余裕を以ってたっぷり弾かせるという方法が採られていたため、響きは柔らかく豊麗なものとなっていた。

 かように、オーケストラは、全体に申し分なく壮麗で耳あたりが良い。しかし――それはいいのだが、演奏には、どうも心を打つものが感じられないのである。物理的には美しくても、「パテティーク――感情豊かに」でないこの交響曲の演奏は、ある種の空しさを感じさせてしまう。
 チョン・ミョンフンという人は、本来はこんな音楽をつくる指揮者ではなかったはずなのだが・・・・。

 アンコールには、チャイコフスキーの「第4交響曲」の第4楽章が、これも極めて快速なテンポで演奏された。あれこれ彼らの演奏について考え込みながら聴いていたせいで、うっかり聞き逃してしまったのだが、ロンドの第2部は、省略されてはいなかったろうか?

コメント

宮城フィル→仙台フィルを思い出し、比べながら聴いていました。
サムスンとトヨタ、両方のお国柄を知る指揮者ですので今回はトレーニング目的の公演かもしれないなあ、と思ったのは深読みが過ぎますでしょうか。
失礼しました。

震災支援は立派だけど

震災のため来日を拒んだ楽員がいたのでしょうね。それにしても協奏曲で16型は魂消ました。それに第1楽章冒頭の気味の悪いほどのポルタメントを効かせた弦のレガート。庄司さんは立派だったけど、チョンのイメージが変わりました。以前はこんなことなかったのでは?

「悲愴」も落胆しました。3楽章をあんなに気楽にやられたのでは…(それでもブラボーが飛んだ)。よけいなブラボーでこちらの緊張も途切れ、ひたすら美しいだけの第4楽章が子守歌のように聴こえました。

アンコールで1箇所だけシンバルを3人で叩かせたのは意味があるのでしょうか。

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