2020-04

4・21(木)ロジェ・ムラロ・ピアノ・リサイタル 「たった一人の幻想交響曲」

東京文化会館小ホール  7時

 センスの良いプログラム構成だ。
 前半にリストの「ウィリアム・テルの聖堂」「泉のほとりで」、次いでドビュッシーの「水に映る影」「ラモーを讃えて」「運動」の計5曲が切れ目なしに演奏され、後半にリスト編曲によるベルリオーズの「幻想交響曲」が演奏される。
 「リスト&ドビュッシー」「リスト=ベルリオーズ」という具合に、リストとフランス音楽とを巧みに結び合わせた選曲である。

 先日のラヴェルでも感じ入ったことだが、この人のピアノは、本当に清澄な音だ。
 古くはレコードで聴いたロベール・カサドジュやイーヴ・ナット、たった1度しかナマで聴けなかったサンソン・フランソワなどから今日の若手に至るまで、フランス系のピアニストがつくり出す透き通った美しい音には、私はふだんからたまらない魅力を感じているのだが、今夜のムラロも同様。

 リストの作品では、あのよくある大仰でおどろおどろしく厚ぼったい響きなどとは程遠く、曲の性格にふさわしく、官能的なほどの叙情性が鮮やかに再現されていた。
 ドビュッシーの前に、ドビュッシーを先取りしたようなリストを配する――というこのプログラム構成も、実際の演奏も、いずれもムラロの洒落た感覚をうかがわせて面白い。

 そして、「水に映る影」に移った瞬間の、鮮明でありながら蕩けるような感覚に引き込まれる不思議な陶酔感。たとえようもない快感である。
 ただこの第1部、そのあとは何か少し演奏に手応えのある集中力が薄れ、隙のようなものが感じられなくもなかったのは、どういうわけか? 

 後半の「幻想交響曲」は、この日の目玉プロだ。リストの編曲の腕は何とも巧妙極まる凄いものだと感心しながら、またこんな複雑な曲を弾くピアニストも凄いものだと呆気にとられながら、聴いていた。
 しかしこの曲、オリジナルの管弦楽曲版をよく知っていて、それと比較しながら聴く場合には実に興味津々で面白いが、原曲を(詳しく)知らない人には、どのくらい愉しめるのだろうか? 要するに純粋なピアノ作品としての自立性は果たしてどのくらいあるのだろうか、という疑い(心配?)のようなものが、折々チラリと脳裡をかすめてしまうのである。

 だがしかし、55分もかかる大曲(第1楽章の提示部をご丁寧にリピートしたのにも驚いた)、それも後半になるにしたがっていよいよ「大変な」ものになるこんな曲を、よくまあこんなに、面白く弾いて聴かせて下さった。ムラロもさぞやお疲れになったことだろう。アンコールはなかった。

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