2019-07

4・15(金) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団&小曽根真

   ザ・シンフォニーホール(大阪)  7時

 新幹線で、夕方大阪に入る。

 冒頭に大震災犠牲者を追悼して演奏された曲は、バッハの「アリア」でなく、何と賛美歌「主よみもとに近づかん」であった。

 大植のプレトークによれば、タイタニック号が99年前(1912年)の4月14日深夜に氷山と衝突、翌15日早暁に沈没した出来事に因み、その船上で専属楽団が最後に演奏したと伝えられるこの曲を、昨夜と今夜の演奏会において、大震災の犠牲者に捧げたかった、とのこと。
 意表を衝いた発想だが、このように他の人がやらないようなアイディアを打ち出す人は、私は好きである。

 映画「タイタニック」では、イ・サロニスティのメンバーが出演しており――「君たちと一緒に演奏できたことを誇りに思う」などとセリフを喋るので驚いたり感心したりしたが――リーダーが最後にこの賛美歌を独りで演奏し始めると、解散しかけていた他の楽員が戻って来て参加する、という感動的な場面になっていて・・・・。
 今夜も同じように、指揮者なしでまずコンサートマスターの長原幸太がソロで弾き始め、第2ヴァイオリンが「下の旋律」で加わり、次第に弦楽器奏者全員が参加して行くという形で演奏された。

 なにせ曲がリアルなので、少なからず気持もしめやかになるが、このところバッハのアリアばかり聞かされていた中、こういう「追悼曲」も悪くない、と改めて感じ入った次第である。

 定期公演としてのプログラムは、前半にバーンスタインの交響曲「不安の時代」。
 図らずも何か時宜を得た音楽になってしまったわけだが、大植としては、恩師バーンスタインの作品として、是非とも音楽監督の任期中に指揮したかったものであろう。
 ソリストに小曽根真を迎えたことも成功の一因で、彼の自発性に富んだピアノがどれほどこの曲を生き生きしたものに聴かせてくれたかは測り知れない。特に、あのパーカッション・セクションとの掛け合いによる長いカデンツァ風のソロなど、胸のすくような音楽であった。

 後半には、シベリウスの「交響曲第2番」。
 長めに採られたパウゼ、一段と激しい金管とティンパニの咆哮など、些か持って回った指揮ではあったが、終楽章後半の壮大な高揚は、なかなか見事だった。
 大阪フィルはかなり咆哮していたものの、先日の東京公演でも聴けたように、弦の瑞々しい音色という点でも、アンサンブルの均衡という点でも、明らかに昔のそれとは異なっていた。かつて大植が音楽監督を引き継いだ頃の粗かった響きも一掃され、彼がミネソタ管で創り出したあの精緻な音が、今や大阪フィルからも聞こえるようになっているのである。

 大植の任期は残り1年だそうだが、彼と大阪フィルとの共同作業がついに良き仕上げの段階にまで到達していることは、疑いのないところであろう。

    →モーストリー・クラシック7月号 演奏会評

コメント

ふ~む、ねこ勉強。

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