2020-04

11・14(水)ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団

  サントリーホール

 NHKホールではルイジとシュターツカペレ・ドレスデンが「ワルキューレ」第1幕をやっているが、ゲルギエフの指揮するショスタコーヴィチの「交響曲第15番」を聴きたかったのでこちらを選んだ。12日にもルイジ=ドレスデンの「復活」を棒に振っている。体は一つ、致し方ない。

 そこでマリインスキー管だが、先日の印象と同様。楽員が若返ったせいか、昔より音色が明るくなり、かつての濃い陰影が減少したような気がする。弦の音色には昔にはなかった独特の癖が出ていて(先日1階席で聴いてハテナと思ったのだが、今日2階席で聴いてもやはり同じ特徴が感じられた)これはどうも好みに合わぬ。以前はもう少し艶っぽい響きだったのだが。

 チャイコフスキーの第2交響曲「小ロシア」が、力感に富んだ構築的な演奏で轟然と終ったあと、プロコフィエフの「ピアノ協奏曲第3番」が、きわめて野生的な気魄を以って演奏された。ゲルギエフは、以前からプロコフィエフをラディカルな作曲家ととらえているようである。さしずめこの日のプログラムでは、チャイコフスキーをロシアの古典作曲家として、一方プロコフィエフをモダンな存在として、両者を対比してみせる、という解釈なのかもしれない。
 ソロはイェフィム・ブロンフマン。ピアノが小さく見えるほどの巨躯(実際はそれほどの巨漢でもないのだが、舞台では不思議に大きく見える人だ)を、最強奏の時には躍り上がらせ、「決め」の瞬間には椅子から後方へ転げ落ちんばかりにして、猛然と豪快な演奏を繰り広げる。世間並みの演奏なら軽妙洒脱なイメージになることの多いこの曲が、これほど豪壮に語られたのもめずらしいのでは。
 
 最後は、お目当ての「交響曲第15番」。これまた凄まじくデュナミークの対比が大きい。重厚かつ壮絶な演奏だったが、フィナーレでは、あの白々とした虚無感のようなものが予想外に少ない。毅然として交響曲の世界に別れを告げたショスタコーヴィチ、といったイメージになった。

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