2017-10

11・2(火)インゴ・メッツマッハー指揮新日本フィルハーモニー交響楽団

   サントリーホール  7時15分

 現代音楽を得意とするメッツマッハー(夏にもザルツブルクで「ディオニュソス」の見事な指揮を聴いたばかり)が、ロマンティックなチャイコフスキーの「悲愴交響曲」をどんな風に振るのか――それだけでもこの演奏会への興味が湧く。彼は今夜が新日本フィルへの初登場だ。

 1曲目のブラームスの「悲劇的序曲」の冒頭、新日本フィルは常になく骨太で剛直な響きを出し始めた。なるほど、こういう剣豪的なアプローチなのか、と愉しくなる。しかしそのあと、妙にイン・テンポの単調な演奏となって行ったのは些か腑に落ちず、聴き慣れたこの曲がえらく長く感じられてしまった。

 ところが2曲目――カール・アマデウス・ハルトマン(1905~63)の「交響曲第6番」になると、メッツマッハーの指揮は俄然生気を取り戻す。鮮やかな整理構築ぶりである。ほとんど全曲にわたり打楽器陣が総出で活躍する、終始ドッタンバッタンやっているような曲だけれど、リズム感や盛り上がり方や色彩感など、実にうまくまとめた指揮である。この曲をこれほど面白く聴けたのは初めてであった。

 そして「悲愴」だが、メッツマッハーは第1楽章を実に生真面目に禁欲的に素っ気なく進めたかと思うと、フィナーレでは突然感情を激しく吐露するような、表情豊かな表現に変わる。この対比が不思議だ。
 しかし、おそろしく慌しいテンポで押し飛ばした第3楽章を含め、全曲の演奏がある一つの確固とした芯のようなもの――それを具体的に表現する言葉が今は見つからない――に貫かれているのは間違いない。
 彼の指揮、現代モノがやはり一番だと思うものの、ロマン派や古典派作品もナマ演奏であれこれ聞き比べてみたい気も起こる。

 新日本フィル、熱演したのは事実だが、最強奏部分では弦の音がやや汚れ気味だ。ガリガリ弾かされた所為か。特に「悲愴」第3楽章では猛速テンポをこなし切れず、およそこのオケとは思えぬような、乾き切った乱雑な音色。しかしこれは、指揮者にも責任があろう。

コメント

悲愴にがっかり

悲愴の演奏、がっかりしました。

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