2020-04

11・6(火)準・メルクル指揮国立リヨン管弦楽団

  サントリーホール

 以前にクリヴィヌと来た時に比べ、オーケストラ全体の響きが格段に明るく色彩的になり、ブリリアントでダイナミックなサウンドに変わった。特に弦の音色には爽やかな輝きがある。管ももちろん悪くはないが、やはりフランスのオケだから、やや気儘なところがあるのは致し方あるまい。それでも、ラヴェルのト長調の協奏曲で最初にトランペットが一閃した時の華麗な音色は、さすがフランスのオケだと思わせたものだ。
 
 総じてピアニシモの音色には素晴らしいものがある。協奏曲の第2楽章や「海」の第1曲などは絶品で、メルクルの音色感覚の確かさと、オーケストラの水準の高さを証明していたであろう。「夜想曲」(ドビュッシー)での最強奏部分では音に透明感を欠いて危惧を抱かせたが、最後の「海」ではその傾向は皆無で、驚異的なほどに明晰さを保持した響きを創り出していた。この曲だけ、練習を重ねていたのだろうか。アンコールは「月の光」と「ゴリウォーグのケークウォーク」(管弦楽編曲で聴く機会はナマではめずらしい)。後者ではなかなか洒落た味を出していた。
 メルクルの音楽は、かように美しい音色を持っているが、ただしどこかに抑制され、醒めたところもあり、特にクライマックスに向けて熱狂的に押して行くといった強さは、それほどない。最後の「決め」が意外に呆気ないのは、そのためかもしれない。なお協奏曲でソロを弾いたのはジャン・フレデリックという若いピアニスト。明るく温かい音色で、メルクルのそれとよく合う。

 フランス音楽3曲の前に、細川俊夫の「循環する海」が演奏された。これは3日の大阪での公演で日本初演されたものである。これをザルツブルク音楽祭で世界初演したのはゲルギエフだが、彼もちょうど来日中、それを尻目にメルクルが日本初演するという面白い事態になった。
 大きなクレッシェンドとデクレッシェンドを繰り返し揺れ動く弦楽器の暗い沸騰は何か恐怖感をも誘わずにおかない。最後は金管楽器奏者たちが作る風の音が遠ざかり、消えるように曲を終結させる。いずれも、「海」のシリーズで細川が多用してきた手法だ。
 以前に比べ変わってきたところといえば、オーケストラのデュナミークが非常に大きくなり、また海鳴りの如き重低音が威嚇するように高鳴ることが多くなった、などの点か。
 細川はこれらの波動を人間の生涯として、また終結をいのちの再生と感じているという。だがどうも私には、このシリーズに共通していえることだが、それが甚だ暗鬱なものに、そして虚無的なところもある無常なものを感じてしまうのである。
音楽の友08年新年号演奏会評

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