2020-07

11・3(土)井上道義「ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏」初日

  日比谷公会堂

 初めてプレイガイドで買ったチケットをにぎりしめ、胸を躍らせてコンサートを聴きに行ったのは、日比谷公会堂だった(あの初心だけは決して忘れまい、といつも心がけているのだが)。その時に聴いたのは、山田和男(一雄)指揮東フィルの「3大交響曲の夕べ」だったが、以来東京文化会館が出来るまでの数年間、実にいろいろなコンサートをあそこで聴いた。初めて見たオペラも、あそこでの二期会の「カルメン」だった。

 その日比谷公会堂に、ほぼ30年ぶりに足を踏み入れた。
 昔のままである。狭いロビーも、レトロな雰囲気の売店も、頭をぶつけそうなロビーの階段の天井も、おそろしく段差のある客席の階段も。トイレだけは見違えるほどきれいになっていた。井上道義がここでショスタコーヴィチの交響曲チクルスをやるなどという突拍子もないことを企画しなければ、われわれはこの古い公会堂の席に座るという体験に、もう永遠にめぐりあえなかったかもしれない。

 ステージ正面奥の反響板は昔のそれの面影をとどめていたが、今回は不思議なことに左右の反響板は設置されておらず、コンクリートの壁と、シャッターとが剥き出しになっていた。コンサートの舞台の景観としては、笑い出したくなるほど殺風景なものである。
 だがそこに、16型編成のサンクトペテルブルク交響楽団(ドミトリエフが率いているサンクトペテルブルク・フィルハーモニーである)と、普通の編成(?)の合唱団(栗友会)が並ぶと、それだけでステージは一杯になってしまう。

 ホールの音響も、昔と変わらない。残響ゼロといっていいだろう。すべて裸の音が伝わってくる。狭いリハーサル室で聞くような音だ。フォルティシモの和音は味気なくそのまま切れるし、最弱音は潤いがない。が、サンクトペテルブルク響の大音量は、このホールの音響の欠点を蹴散らして、見事にショスタコーヴィチの音楽の凄まじさを再現していたのであった。さすがのパワーである。
 プログラムの前半は2階席正面最前列で聴いたが、楽器の一つ一つがナマで迫ってくるようなリアルな音響だった。それはそれで面白いが、昔に変わらぬ椅子の狭さに耐えかね、後半は2階最後方の、昔よく聴いた「安い席」に場所を移し、椅子を3つばかり占領し、足を投げ出して、ペットボトルのお茶を飲みながらという、言語道断な、はなはだ怪しからぬ態度で聴かせてもらった。左右前後、身動きすらできぬという状態で息をつめて聴くよりはるかにマシで、この方が余程音楽に没頭できる。そして、この位置だと、少し音も柔らかくなる。
 いずれにせよこの日比谷公会堂の音響は、各都市のプロ・オーケストラが本拠としている会場と比較して、最も音の悪い群馬音楽センターと広島厚生年金会館のそれにさえ及ばない、という水準だろう。

 今日のプログラムは、交響曲の第1番から第3番まで。井上道義の意欲と情熱と奮闘は涙ぐましいほどで、演奏もそれを反映して、爆発的だった。
 「大変な借金をしてこのシリーズをやったので、援けて下さい」との彼のトーク(チケットは一律3千円なのだ!)もあったため、終演後のロビーのカンパ箱に千円札を投げ込む客も多数。私も貧者の一灯を。

 このチクルスは、12月9日までの間に合計8回行われる。いろいろな意味で、話の種になる。覗いてみては如何に。

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