2019-08

7・19(月)東京都響コンサートオペラ スメタナ:「売られた花嫁」

   サントリーホール  2時

 レオシュ・スワロフスキーの演出と指揮。
 セミ・ステージ形式の上演で、ソリストは民族衣装を着け、オーケストラ後方の山台上を中心に、舞台前方、時には1階客席通路まで動き回るが、演技そのものは必要最小限の範囲。

 ルドヴィト・ルドゥハ(青年イェニーク)、アドリアナ・コフートコヴァー(マジェンカ)の主役恋人コンビが良い味を出し、特に後者は第3幕のアリアで深い情緒を聴かせた。ヤーン・ガラ(結婚仲介人ケツァル)は、歌も風貌も演技もベテランの味だろう。
 オトカール・クライン(ヴァシェク)が比較的控え目な演技と歌を示していたのは、やはり昔の演出にしばしば見られたような「差別的表現」を排し、気の毒な青年を笑いものにしたくないという思いやりからだったのだろうか? いずれにせよ、ほっとした。

 歌手陣はチェコあるいはスロヴァキア系(ロシア系も1人)、男女ダンサー計4人は日本勢(ダンスは大変結構だったが、奇声は耳障り)。P席中央に配置された二期会合唱団は、村人たちを表すものとしてはやや生真面目だったが、音楽的にはきわめてしっかりしていたと思う。

 しかし、この日の演奏の本当の主役は、やはり指揮者とオーケストラだ。スワロフスキーの音楽づくりは飾り気なく率直で、しかも民族主義的な質朴さや色彩感を余すところなく発揮したものだが、それがスメタナの音楽の本来の魅力を如何に素晴らしく再現してくれていたことであろう。
 東京都交響楽団が、柔らかく温かい演奏で、これに見事に応えていた。オペラではあったが、歌付きのオーケストラ・コンサートといってもいいほどの演奏。

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東京都交響楽団創立45周年記念「売られた花嫁」7月18日

この作品は過去、海外のオペラ・ハウスの来日公演として一度だけ聴いた経験があるような気がするがよく覚えていないので「計画したが結局行けなかった」かも知れない。

序曲はコンサートのオープニング・ピースとしてよく演奏されるので何度か聴いたことがあるが、単に目当ての曲の前にオマケで聴くのと、これから始まるオペラを楽しみにして聴くのとでは全然違った曲に聴こえる。
更に、この日の都響の演奏は第一音から極めて魅力的。驚く程であった。冒頭で高音弦から徐々に低音弦に演奏が移って行く様子は視覚的にも惹き付けられた。第一ヴァイオリンは全て女性といってよい程に女性が多かった。男性は後方に2名いただけ。ヴァイオリン演奏は終始、繊細さが感じられた。

スワロフスキーの指揮は、身体の中にチェコの音楽が染み込んでいるということを強く感じさせた。この公演は彼の力量とチェコ音楽に対する愛情によって成功したと言える。歌手は彼が選んだのだろう。都響も指揮者の要求によく応えていたということだろう。
また、コンサート形式ながら簡単な演出もついていて、演出もスワロフスキーが担当した様子。オーケストラ後方の舞台、オーケストラ前のスペース、1階通路やそこから舞台に上がる階段などもうまく利用していた。

日本人ダンサー2組が登場し、イェニークとマジェンカの幼馴染みとして楽しい踊りと演技を披露していた。最近の日本人ダンサーは踊りもよく、また演技もうまくなって、彼らもこのオペラの成功に一役買った。私自身は奇声についてはあまり気にならなかったが東条さんが鑑賞された2日目は初日よりも更にリラックスしてハメを外したのかも知れない。

第1部と第2部の導入部は浅岡聡がナビゲーターとなって登場し、ビア・ホールの主人の立場で話の成り行きを簡単に紹介していた。観客は皆、あらすじ程度は知っているからこの部分は不要と感じるが、楽しさの演出としては悪くないしリラックスしたムードを作り上げるには意味があるという考え方もあるだろう。
しかし、オペラやクラシックのコンサートを聴く耳でスタンバイしている観客に、プロのアナウンサーのクリアな声がいきなりマイクを通して強く響くということは違和感があった。
個人的にはこういうやり方は好きにはなれない。

過去、サントリーホールでのゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団のプロコフィエフ「ピーターと狼」ではゲルギエフはマイクを使って演奏の合間に自身がナレーションをし、時には音楽にかぶせてナレーションしていたが、その時には全く違和感がなかった。同じようなマイク(?)、同じようなやり方(?)であれば良かったのではないかと思う。

ソリストは皆、歌詞と音楽とその背景にある文化を熟知した人々なので非常に安心感があった。ヴァシェク役のクラインは最も国際的なキャリアを持っている様子で声も綺麗で他の歌手より一つ抜きん出ていた。カーテンコールでも(指揮者を除くと)彼への拍手が一番大きかった。
サントリーホールで演出付きのオペラを上演すると歌う場所によって響きが違うのが気になるが、この公演ではあまり気にならなかった。ただし、やや重いテノールのイェニーク役のルドゥハが下手側のビア樽が置いてある位置で歌うとなぜか音が小さく聴こえた(響かなかった)。

二期会の合唱が素晴らしかった。スワロフスキーの指導の賜物か? 混成合唱も男性合唱も非常に良く、圧倒された。チェコ語は分からないので発音が良いのかどうなのかまでは分からないが…。
この日、二期会は同じ時間に「ファウストの劫罰」を上演しているので合唱団は2公演に分かれての大活躍。前日に聴いた「ファウストの劫罰」での合唱は私には非常に物足りなく感じられ、こちらの客演は数段良いとの印象。

知的障害者を扱ったオペラは結構あるが、差別撤廃の観点で今日における上演はなかなか難しい。見ていてハラハラするし字幕も工夫が必要。幼い子供を登場させて「大人に成り切れていない」という考え方にしてうまく工夫していたのは良かった。

観客はなぜか極めて年齢層が高い。
客席はそこそこの入りではあるが満席に近いとは言えない。45周年の記念としてもう少しうまく宣伝すべきだったのではないか。スワロフスキーの熱意から考えると少し寂しい感じ。実際、翌日の19日の公演分についてはかなりディスカウントしたチケットの情報が出ていた。

私自身は比較的公演日近くになってからこの公演のことを知った。チラシを目にしたのも公演日が近くなってからだった。結果として聴き逃すことがなくて良かった、聴いて良かったと心から思ったが、公演のことを知らなかった人も結構いたのではないか。良い公演を提供するとともに多くの良い観客集めをして欲しいと感じる。

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