2018-12

7・8(木)旅行日記第2日 エクサン・プロヴァンス音楽祭
グルック:「アルセスト」(アルチェステ)

   アルシェヴェーシェ劇場  夜10時

 昨日今日と、連日雲一つない快晴。紺碧の空と爽やかな大気が快い。もっともそれは朝のうちだけで、日中は目も眩むような陽光、モワッとする猛暑。風の一つも吹いて欲しいものだが――。

 グルックのオペラ「アルチェステ」は、今回は所謂1776年パリ版による上演ゆえ、「アルセスト」(トはテに近い)と表記しておいた方が良いか。

 重病の国王アドメートの命は旦夕に迫っている。妻アルセストは、アポロンの神託に従い、自らの命を差し出して夫を救った。回復したアドメートはそれを知って激しく悲しみ、彼女の後を追って地獄へ向かう。しかし結局、2人は友人エルキュール(ヘラクレス)と神アポロンに救われ、めでたく地上に戻る。

 たったこれだけの、実に簡単明瞭なストーリーだが、これが3時間にわたるオペラになる。音楽は、主役たちのソロと合唱(群集、国民、夫妻の子供たち)とで構成され、要所にバレエやパントマイムの音楽が組み合わされる。オーケストラは「トーリドのイフィジェニー」のような劇的な激しさはないけれども、すべての歌を包み込んでリードして行くスケールの大きさと雄弁さとを備え、有名な「グルックのオペラ改革」と呼ばれるにふさわしい高貴な性格を有している。

 こうした構成のオペラ、しかもグルック特有のスタティックな――動きがないという意味ではなく、巨大なギリシャ建築のように揺るぎのない風格にあふれているという意味である――音楽を舞台に具現させるというのは、なかなかに至難の業であろう。
 今回の演出家クリストフ・ロイは、アドメートとアルセステがオペラの中で2、3度口にする「私たちの子供たち」という歌詞に着目したのか、オペラの舞台を学校に設定した。
 したがって、病気の国王は校長先生、アルセストはその校長夫人、司祭は教頭――十字架と聖書を持って威張っているから神学の主任教師か――となり、国民たちは学校の生徒たちというわけだ。
   
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     Copyright Pascal Victor/Artcomart


 しかしまあ、この舞台の、何という策の無さか。
 子供たち(イングリッシュ・ヴォイセズという合唱団の大人たちが演じている)が先生の病気を悲しみ、時にヒステリーを起こして暴力を振るう一方、先生の目を盗んで悪戯をし、喧嘩をし、叱られ、また殊勝な態度に戻るという、要するにその繰り返しが、第1幕と第2幕連続の合計1時間50分、延々と続くだけなのだ。何と単調で、平坦で、アイディアに乏しい、つまらない舞台であることか。これなら、いっそ目を閉じて、グルックの素晴しい音楽だけに浸っていた方が、どれだけ幸せかわからない。

 休憩30分ののち、第3幕がまた同じような光景で始まった時には、他に方法は何か無いのですかロイさん――と言いたい気持にもなったが、ここに少しイカレたエルキュール(旅行カバンに生徒たちへの土産を詰め込んだ変な軽い男だ)が登場して、少し気分が変わる。
 そして最後は校内の学芸会のパロディみたいになり、よくわからないけれども学校破壊ということになるらしいのだが、もうそのへんになると演出意図の斟酌などどうでもいいような気分に陥ってしまい、上演が終るや、早々に席を立ったという次第であった。こんな酷い舞台を見たのは久しぶりである。
 最後まで気持を保たせたのは、ひとえにグルックの音楽の良さと、アイヴォー・ボルトンが指揮するフライブルク・バロック管弦楽団の演奏の素晴しさゆえにほかならない。

 そのボルトンの指揮は、例によって鮮やかそのものだ。
 彼の指揮は、10年ほど前にザルツブルク音楽祭で「トーリドのイフィジェニー」を聴いてからファンになっているのだが、非常に切れ味が鋭く、しかも無機的にならずに、ドラマティックな起伏を巧く創る人である。今夜の指揮でも弦楽器に厚い響きを生み出させ、音楽の緊張感を絶やすことなく長丁場を進行させて行った。
 フライブルク・バロック管弦楽団の演奏も昨夜とは大分趣が異なり、極めて密度が濃い。それは、モーツァルトの非常に細かいニュアンスの交錯する音楽と違い、グルックのそれが大河の流れのような落ち着きに富んでいるせいもあるだろう。とにかくこの演奏を聴けただけで、今夜の惨憺たる舞台の埋め合わせとしては充分以上のものがある。

 歌手陣は、ほとんど全曲出ずっぱりでアルセストを歌ったヴェロニク・ジャンスが殊勲賞もの。声も爽やかだし、容姿も清楚である。アドメート役のヨーゼフ・カイザーもよく伸びる声と安定性で、立派なものだ。その他の歌手たちは、私には全く馴染みのない人ばかりだったが、さりとてそれほど光った存在もなかったようである。

 終演(演奏終了)は午前1時。外はまだ蒸し暑い。泊まっているアクアベッラというホテルが、劇場からわずか2、3分の距離にあるというのは、こういうオペラを見た後には非常にありがたく感じられるものだ。

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