2018-06

7・2(金)ブルーノ=レオナルド・ゲルバー
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全曲演奏会

   すみだトリフォニーホール  7時

 2日間にわたるベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会。今日は第1回として、第1番ハ長調と、第5番変ホ長調「皇帝」。協演は大山平一郎指揮新日本フィル。

 ゲルバーの初来日は、もう42年も前になる。あの頃は、凄い人気だった。読売日響と協演して「皇帝」を弾いた。その時の指揮者はだれあろう、これも初来日のギュンター・ヴァントだった。だが彼のことは当時の日本ではほとんど知られていなかったので、話題はもっぱらゲルバーに集まっていた――。

 だからゲルバーも今年69歳になるはずだが、客席からは、――弾いている時はもちろんだが、歩いている時も――顔の色艶は昔と全く換わらないように見える。若々しい。
 あの強靭そのものといった打鍵も、昔ながらの迫力だ。特に「皇帝」では、ホールを震わせるような強烈なフォルティシモのアクセントが随所に織り込まれ、作品のリズム感をいっそう強調する。
 音楽を豪壮に展開させるという点では、ゲルバーの力は昔と少しも変わらないし、しかも年輪に応じた味のある語り口が増しているともいえるだろう。

 ただ、弱音の個所で、時たま不思議に乾いた表情が現われる(たとえば第1楽章第2主題)ことと、速い技巧的なパッセージにしばしば不安定な演奏が聞かれるようになってきたのが、私にはえらく気になるのだが。
 もっともこれは、指揮者およびオーケストラとの呼吸が合っているかどうかということにも、いくらか関係するかもしれない。

 というのは、総じて最近のゲルバーの演奏には、テンポとリズムを細かく揺らせ、時にルバートをも活用する自在さ――もしくは不安定な気紛れ――がいよいよ強く聞き取れるようになっているのだが、それが指揮者の几帳面なテンポと全く合わず、「ずれ」として目立ってしまうのである。
 大山平一郎の指揮は以前から非常に味があって私は好きだし、ベートーヴェンのピアノ協奏曲も園田高弘との毅然たる演奏の録音が残されているのを知っている。今夜もスコアの骨組をしっかりと掴む指揮をしていたのは理解できるし、それはそれでいいのだが、いかんせんソリストとは――精神的なものは別として――水と油なのか。

 それに新日本フィルの演奏も、今夜は「お座敷」だからか、あまり褒められたものではない。指揮者ともあまりイキが合っているとは思えないが、そのせいでもなかろう。特にホルンの頼りなさと、一部の木管の粗さ。先日某雑誌の「世界のオーケストラ・ベスト10」に新日本フィルを投票した私としては、些か中っ腹だ。
 それに弦の編成が12型というのも、「1番」ではともかく、「皇帝」ではスケール感不足ではなかろうか。ピリオド楽器スタイルなら別だが、こういうタイプの演奏の場合には。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/774-13c63b2f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

カテゴリー

全記事表示

全ての記事を表示する

RSSフィード

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」