2008-07

立川清登 〜かくも人気を集めたオペラ歌手はいなかった〜

 立川澄人さんが「立川清登」という字に改名した時には、週刊誌にまで騒がれた。
 「タテノカワキヨノボリじゃあ、スマートさに欠けて、彼のイメージに合わんよねえ」というわけである。だがご本人の説明によれば、「澄人」という名は運が強すぎて肉親の運まで吸い取ることがあると言われたため改名した、ということだった。

 週刊誌がそれほど騒いだくらいだから、立川さんがいかに広く親しまれたオペラ歌手だったかも想像がつくだろう。TV、FM、中波ラジオでもレギュラー番組をもち、ミュージカルにもよく出ていた。交遊関係も並み外れて広範囲にわたる。

 当然、その人気はオペラに還元される。レハールの「メリー・ウィドウ」第1幕では、ダニロ伯爵が舞台奥から顔を隠したまま登場しただけで、女性の観客たちの間に「立川清登ね」という囁きが起こる。そして彼が「さあやって来たぞ! 祖国はどこだ?」と大見得を切り、オーケストラから「ダニロの登場歌」が沸き起これば、客席はワーッと盛大な拍手に包まれる、という具合である。
 これだけのキャラクターをもった歌手が、今の日本のオペラ界にいるだろうか? 
 だから、オペラの舞台で彼が「事件」を起こしても、客は大喜びした。「魔笛」のパパゲーノ役を演じ、「タミーノ!」と叫びながら舞台袖に駆け込んだ瞬間にバケツのひっくり返る大音響が聞こえれば、観客は爆笑して盛り上がった。

 私も放送局勤務時代には番組で立川さんと長い間お付き合いさせていただいたが、とにかく楽しく、面白い人だった。彼がそこにいるだけで、周囲のだれもが明るい気分になったものだ。ユーモアたっぷりで、いたずら好き。オペラのアンサンブル場面で、歌詞を覚えていない個所を「ホイのホイのホイ」と歌いながら体裁を整え、共演の歌手たちが必死に笑いをこらえる様子を見て面白がっていたというのも、有名な話である。

 しかしその一方で立川さんは、シリアスな役柄を演じ歌っても、見事な味を発揮していた。
 マーラーの悲痛な歌曲集「亡き子をしのぶ歌」で名唱を聴かせたこともある。オペラでも、オッフェンバックの「ホフマン物語」(71年)で演じたミラクル博士など悪役4役は結構不気味だったし、ロッシーニの「チェネレントラ」(68年)での失恋に打ち拉がれた従者ダンディーニの演技も感動的だった(因みにこれらのプログラムに掲載された「ブルックボンド紅茶」や「松坂屋」の広告のイメージ・キャラは、いずれも爽やかに微笑む立川さんだった)。
 特に「メリー・ウィドウ」の72年の上演での、当り役ダニロの「王子と王女の物語」は、立川さんの一世一代の名演ではなかったかと思う。悲しみと怒りの感情を抑え切れずに次第に激して行くその語り口の巧さには、まだオーケストラが鳴っているにもかかわらず客席から大きな拍手が起こったほどであった。

『ArtGaia CLUB MAGAZINE TC』2007年9月号掲載「マエストロへのオマージュ〜立川清登」より転載

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