多田羅 迪夫 〜芝居気のある名バリトン〜
バリトンの多田羅迪夫(たたら・みちお)さんといえば、二期会のスターとして有名だ。
ドイツの歌劇場で研鑽を積み、日本では「ヴォツェック」(ベルク)のタイトル・ロールや「フィガロの結婚」のアルマヴィーヴァ伯爵、最近では「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のハンス・ザックスや、「フィレンツェの悲劇」(ツェムリンスキー)のシモーネなどで名舞台を披露してきている。私は彼とは単に1、2回挨拶したにすぎない間柄だが、実にすばらしい笑顔の持ち主だというのが、会った時の強い印象である。
その多田羅さんが、1984〜87年に東京文化会館で、朝比奈隆氏の指揮するワーグナーの「ニーベルングの指環」の、悪役のアルベリヒとハーゲンを歌ったことがある。
完全な演奏会形式の上演だから、メイクも全くない、素顔での出演である。「ジークフリート」第2幕では、指環の奪回を狙うアルベリヒと、その弟のミーメ(篠崎義昭氏)が激しく口論する場面があるが、そこでの2人の大きな身振りを交えた応酬はすこぶる迫力豊かなものであった。
第2幕のあとの休憩時間に、われわれは上野の山の下の天婦羅屋へ食事をしに行ったが、ふと気がつくと、隣のテーブルに、出番を終ったアルベリヒとミーメが向かい合って座っているのである。本番ではないのだから、その時はもう「多田羅さんと篠崎さん」であるべきなのだが、何しろ先程の素顔の迫力が未だ目に焼きついているために、ここでも2人は「アルベリヒとミーメ」に見えてしまうのだ。
そのアルベリヒが、高飛車かつ横柄に怒鳴りまくっていた先程のステージとは全く逆に、おそろしくへり下った態度でミーメに「天丼になさいますか?」と伺いを立てている。すると、さっきは惨めな格好でヘイコラしていたミーメが、今度はおそろしく無愛想な顔で「ウム」とうなづくのだった(篠崎さんは、多田羅さんの先輩なのである)。こうしてアルベリヒとミーメは、一緒に黙々と天丼を召し上がるのであった。
「神々の黄昏」大詰で、ハーゲンは「指環に近づくな!」と大喝する。その場面で多田羅さんは、オーケストラ後方の歌手の定位置でなく、舞台下手袖に登場してその一声を歌った。そして、指揮者を指差したまま、しばらく動かなかった。それはまるで、高齢(当時79歳)の朝比奈氏に、こんな大がかりで面倒なオペラ(指環)など二度と指揮せぬ方がよろしかろうぞ、と警告しているようにも見えた。
真の意図はともかくとしても、アルベリヒの時と同様、舞台ではなかなか芝居気のある人だな、と私は勝手に面白がったものだ。
「フィレンツェの悲劇」のシモーネ役では、上半身裸になって大暴れするというカロリーネ・グルーバーの演出に従い、多田羅さんはボディ・ビルだかをやって筋肉を鍛えたという話である。舞台ではその成果(?)が見事に表れていた。芝居気のある人だ、と私はその時も感心した。今後も、性格的な役柄で永く活躍していただきたいものである。
『ArtGaia CLUB MAGAZINE TC』2007年5月号掲載「マエストロへのオマージュ〜多田羅 迪夫」より転載
ドイツの歌劇場で研鑽を積み、日本では「ヴォツェック」(ベルク)のタイトル・ロールや「フィガロの結婚」のアルマヴィーヴァ伯爵、最近では「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のハンス・ザックスや、「フィレンツェの悲劇」(ツェムリンスキー)のシモーネなどで名舞台を披露してきている。私は彼とは単に1、2回挨拶したにすぎない間柄だが、実にすばらしい笑顔の持ち主だというのが、会った時の強い印象である。
その多田羅さんが、1984〜87年に東京文化会館で、朝比奈隆氏の指揮するワーグナーの「ニーベルングの指環」の、悪役のアルベリヒとハーゲンを歌ったことがある。
完全な演奏会形式の上演だから、メイクも全くない、素顔での出演である。「ジークフリート」第2幕では、指環の奪回を狙うアルベリヒと、その弟のミーメ(篠崎義昭氏)が激しく口論する場面があるが、そこでの2人の大きな身振りを交えた応酬はすこぶる迫力豊かなものであった。
第2幕のあとの休憩時間に、われわれは上野の山の下の天婦羅屋へ食事をしに行ったが、ふと気がつくと、隣のテーブルに、出番を終ったアルベリヒとミーメが向かい合って座っているのである。本番ではないのだから、その時はもう「多田羅さんと篠崎さん」であるべきなのだが、何しろ先程の素顔の迫力が未だ目に焼きついているために、ここでも2人は「アルベリヒとミーメ」に見えてしまうのだ。
そのアルベリヒが、高飛車かつ横柄に怒鳴りまくっていた先程のステージとは全く逆に、おそろしくへり下った態度でミーメに「天丼になさいますか?」と伺いを立てている。すると、さっきは惨めな格好でヘイコラしていたミーメが、今度はおそろしく無愛想な顔で「ウム」とうなづくのだった(篠崎さんは、多田羅さんの先輩なのである)。こうしてアルベリヒとミーメは、一緒に黙々と天丼を召し上がるのであった。
「神々の黄昏」大詰で、ハーゲンは「指環に近づくな!」と大喝する。その場面で多田羅さんは、オーケストラ後方の歌手の定位置でなく、舞台下手袖に登場してその一声を歌った。そして、指揮者を指差したまま、しばらく動かなかった。それはまるで、高齢(当時79歳)の朝比奈氏に、こんな大がかりで面倒なオペラ(指環)など二度と指揮せぬ方がよろしかろうぞ、と警告しているようにも見えた。
真の意図はともかくとしても、アルベリヒの時と同様、舞台ではなかなか芝居気のある人だな、と私は勝手に面白がったものだ。
「フィレンツェの悲劇」のシモーネ役では、上半身裸になって大暴れするというカロリーネ・グルーバーの演出に従い、多田羅さんはボディ・ビルだかをやって筋肉を鍛えたという話である。舞台ではその成果(?)が見事に表れていた。芝居気のある人だ、と私はその時も感心した。今後も、性格的な役柄で永く活躍していただきたいものである。
『ArtGaia CLUB MAGAZINE TC』2007年5月号掲載「マエストロへのオマージュ〜多田羅 迪夫」より転載
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