2017-08

5・11(火)ユーリ・テミルカーノフ指揮読売日本交響楽団
ショスタコーヴィチ 交響曲第7番「レニングラード」

  サントリーホール  7時

 テミルカーノフのショスタコーヴィチ「7番」といえば、ずいぶん昔、サンクトペテルブルク・フィルとの来日公演で彼が指揮した時の怒涛のごとき凄演が、未だに耳の奥底にこびりついている。
 あのロシアのオーケストラならではの粘っこさ、執拗さ、弦の輝きと艶、管の威圧的な底力などと比較すると、如何に同じ指揮者のもとで読売日響が渾身の熱演を繰り広げても、どこかに日本のオケらしい淡白な味がついて回る。これはもう、国民性の為すところゆえ、致し方ない。

 だがそれはそれとして、今夜の読売日響、入魂の演奏だった。
 第1楽章冒頭の低弦の響きなど、「ロシアの弦」のそれを一瞬思い起こさせられたほどである。同楽章のクライマックスでの大音響も、馬力では日本一と言っていいこのオーケストラならではのものだし――大きな音を出せればいいと言っているのではないが、ショスタコーヴィチの交響曲ではこういう音響も必要であることは周知の通りである――第4楽章の最後の頂点で熱狂的な、かつ陶酔的な咆哮を延々と持続させるだけのパワーを発揮できたのも、読売日響ならではのものであろう。

 テミルカーノフの指揮は、日本のオケ相手のせいもあったのか、以前よりは淡々とした表情が少し増したようにも感じられる。テンポもやや遅くなり、最弱音にも沈潜した味がよりいっそう聴かれるようになった。例の小太鼓のリズムに乗った「戦争の主題」が反復されクレッシェンドを重ねる個所でも、最初のうちは何か緊迫感のない飄然とした表情の演奏で、主題がのんびりと踊るように近づいて来る――といった雰囲気だったのは不思議であった。

 だがこのあたりは、オーケストラとの呼吸が合って来れば解決されるべき問題であろう。これだけの大演奏、たった1回で終ってしまうのだから、もったいない。
 それにしても、最小限の身振りでかくも激烈な興奮をオーケストラから引き出すあたりが、テミルカーノフの円熟の実力を物語るだろう。演奏終了後の会場は沸きに沸き、彼もソロ・カーテンコールに呼び出されていた。
 今夜の定期公演は、これ1曲だったが、それで充分。8時25分には終った。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/736-5cb722cc
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

カテゴリー

全記事表示

全ての記事を表示する

RSSフィード

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」