2008-07

ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ V.S.海野義雄 〜対決の妙味〜

 20世紀最高のチェリストの一人、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチが初来日したのは1958年春だったが、私は聴いていない。その時にはレニングラード・フィルとプロコフィエフの協奏曲を、東京交響楽団とドヴォルジャークの協奏曲を協演し、ほかにリサイタルも行なったはずだが、それらを聴いた人たちはすべて「度胆を抜かれ、揺さぶられ、打ちのめされた」という。

 私が初めて彼のステージに接したのは、その7年後、1965年2月のNHK交響楽団定期公演(東京文化会館)で、ドヴォルジャークの協奏曲を演奏した時だった。時にロストロポーヴィチ38歳。
 本当にあれは物凄かった! 弾いている時と否とを問わず、荒々しく頭を振り顔を歪め、気合いを入れ、音楽に没入する。自らオーケストラを叱咤して率いるかのようなその表情が、まず超弩級の迫力だった。
 もちろん、凄かったのは見かけだけではない。演奏そのものにも激しい感情表現と精妙きわまりない叙情が大きな振幅で交錯、恐るべき巨大かつ壮烈な、力と美にあふれた音楽を創り出していた。指揮者のアレクサンダー・ルンプフ(当時のN響の常任)が何とも頼りない音楽しか作れない人だったので、あたかもあの協奏曲が「オーケストラのオブリガート付きチェロ・ソナタ」のような印象を呈してしまったのも仕方なかろう。

 しかし、旗色悪かったN響の側にも、ひとり気を吐いた名手がいた。当時、コンサートマスターだった海野義雄である。
 第3楽章中間部には、独奏チェロに対し第1ヴァイオリンのソロが33小節にわたって寄り添う個所があるが、ここで猛然と煽り立ててくるロストロポーヴィチに対し、海野は一歩も譲らぬ音量と気迫とで渡り合ったのである。
 ソロ同士がぶつかり合った瞬間から両者の間には火花が散るような雰囲気がすでに感じられたが、海野の方へやや体を向けて背を丸め、猛々しく顔を振り、「かかって来い」と挑発するように弾き続けるロストロポーヴィチと、上体を乗り出して真っ向勝負を挑み、大きなジェスチュアで弾く海野の姿は、凄まじい迫力だった。
 嵐のようなストリンジェンド(急迫して)で驀進するチェロにヴァイオリンが激しく追いすがり、頂点のモルト・リタルダンドにいたるや、両者はがっきと剣を絡み合わせた戦士のごとく、互いの呼吸を窺うように一瞬動きを止める。ついでもとのテンポに戻り、今度は高音域のヴァイオリンが勝ち誇ったように歌い続けるのだが、ここでの海野の演奏には、息を呑ませられるものがあった。

 かくも激烈なソロの対決に、私はそれ以後のナマ演奏では出会ったことはない。もともとそのパートは「表情豊かに」、特にヴァイオリンは「静かに」と指定されているので、一般には叙情味の勝った演奏になることが多いのだ。だが前記のような演奏は、古いレコードにあるパブロ・カザルスとジョージ・セル指揮チェコ・フィルにも聴かれるから、まんざら根拠のない解釈でもない。スコアの指定はともかく、ソロ同士の息詰まる真剣勝負は面白い。

『ArtGaia CLUB MAGAZINE TC』2007年1月号掲載「マエストロへのオマージュ〜ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ V.S.海野義雄」より転載

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