2020-05

4・8(木)「怪人が紡ぐ《ある愛の歌》」
井上道義指揮新日本フィルハーモニー交響楽団 「青ひげ公の城」

   サントリーホール 7時15分

 バルトーク・プロで、「弦楽のためのディヴェルティメント」と、オペラ「青ひげ公の城」(演奏会形式上演)。

 「怪人」とは「青ひげ公」ではなく、井上道義のことだそうな。意味不明だが、解らなくもない。「ったく、だれがそんなタイトルを考えたンかねェ」とは先日神奈川県立音楽堂で会った時の彼の言葉だが、ふだんの彼の言動からすると、案外彼が自分で言い出したのではないかという気もする。

 それはともかく、怪人が指揮した「青ひげ公の城」は、実に見事な演奏だった。
 全体にテンポを遅めに採り、透き通った音色で分厚い管弦楽を明晰に響かせる。所謂ハンガリーの民族音楽的な土臭さとか、濃厚な色彩感とか、どろどろした雰囲気などはないけれど、その代わりにまるで日本画のそれのような透徹した、しかも剛直な筆致で描かれた美しい怪談か悲劇――といったイメージを連想させる。
 こうした白色系の光を放つ音色は、井上道義が近・現代音楽を指揮する時に特有な個性として、昔から聴き慣れてきたものでもあった(そして彼のこのような音楽を巧く具現できるオーケストラは、今でも新日本フィルがいちばんであるように思える)。

 かような指揮で再現されたこの心理ドラマは、イヴァン・フィッシャーが指揮したような民族的な血腥い濃厚な演奏とも、あるいはブーレーズの指揮したような冷徹で心理分析的な演奏とも全く異なるタイプの、緻密精妙でありながらクールな表情を持ち、クールでありながら一種の凄味を感じさせるものになる。
 特にオペラの後半、第6の扉(涙の湖の部屋)と第7の扉(青ひげの記憶の中に生きる女たちの部屋)のくだりにおける暗鬱で不気味な美しさは、全曲中の白眉であった。

 演奏会形式ではあったが、青ひげ(コヴァーチ・イシュトヴァーン)とユーディト(コムロシ・イルディコ)は暗譜で、多少の演技をまじえながら舞台前方で歌う。
 井上自身のアイディアらしいが、若干の照明演出が加わる。物語の冒頭は暗黒で、P席に吟遊詩人(押切英希)が登場する。
 第1の扉以降、扉の場面ごとに正面オルガンに色の異なる照明が当てられるが、第3の扉(宝物の部屋)では光は拡がって輝きを増し、第5の扉(王国を眺望する部屋)では舞台全部が明るくなり、P席後方両側には金管のバンダも登場して壮麗な音響のクライマックスを築く。
 ユーディトが「過去の女」の仲間入りをする大詰め場面では、彼女はオーケストラの中に歩み入り、青ひげは冒頭場面と同様に舞台手前の大きな椅子に身を埋めてしまう(なんとなくブロードウェイ演出の「オペラ座の怪人」を連想させた)。舞台は再び暗黒となって終る。

 歌手の声が分厚いオーケストラにマスクされる傾向はもちろん無くはなかったが、危惧されたテュッティの個所(第5、第7の扉)では井上と新日本フィルの手際の良い響かせ方により、青ひげの声も比較的はっきりと浮き出していた。2人の歌手の表現力はさすがに堂に入ったもので、この演奏の成功の一翼を担うに充分な存在であった。

 新日本フィル。弦の澄んだ音色がひときわ見事。
 これはプログラム前半で演奏された「ディヴェルティメント」でも同様で、整理された鋭利な音の絡みが――多少無機的なところがないでもないが――割り切った痛快さを生む。
 「青ひげ公」での管楽器群も、完璧と言っていいほどの演奏を聴かせてくれた。この管の水準は、この2週間ほどの間に聴いた日本のオーケストラの中では(東京交響楽団とともに)ベストと言っていいであろう。
 3月定期でのハウシルトの指揮による重厚壮大なブルックナーの名演といい、このところの新日本フィルはきわめて良い状態にあるようだ。
 

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