ネヴィル・マリナーとアカデミー室内管弦楽団 〜火事の思いがけぬ効用〜
当時としては画期的に新しい解釈の、しかも親しみやすい雰囲気を持つ演奏のヴィヴァルディの「四季」のレコードで人気抜群だったネヴィル・マリナーとアカデミー室内管弦楽団(アカデミー・オヴ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ)が初来日したのは、1972年4月のことだった。
以下は、招聘元の神原音楽事務所のスタッフから聞いた話である。
神奈川県立音楽堂でアカデミー室内管弦楽団の公演が行なわれているさなか、こともあろうに、隣の図書館が火事になった。事務所のスタッフがそれを発見、いち早く消防署に通報したところまではともかく、消防車がどっとやって来ると、何と彼は「今、ホールの方でクラシックの音楽会をやっているので、なるべく静かに消火して下さい」と頼んだのだそうだ。
当然、「冗談じゃありませんよ。すぐ全員を避難させなさい」と怒鳴られる。仕方なく、演奏会は中断。誘導された客たちは、逃げるどころかいっせいに野次馬と化したが、マリナーもアカデミーの楽員も、楽器を抱えたまま火事見物をきめこむ始末。謹厳なイメージもどこへやら、物見高さは英国の音楽家たちも同じというわけである。
幸いにボヤ程度で済み、ほどなく鎮火して現場は落ち着きを取り戻し、さて演奏会再開となったが、火事のとばっちりで、今度は全館が停電している。
それならキャンドル・コンサートはどうだ、と誰かが提案したが、ホール側が青くなって「火だけはやめてくれ」と言う(あそこは「木のホール」として有名である)。
では懐中電灯でやろう、となって、スタッフがあちこちから懐中電灯をかき集め、一人が2本ずつ高くかざして譜面台を照らし、かくして演奏は無事に行なわれた。なかなかいい雰囲気だったという。
ところが面白いことに、火事の前にはそこそこの入りだった客席が、演奏が再開された時には、いつのまにか超満員になっていたそうな。
野次馬たちが、火事が消えるとそのまま、タダで会場に入ってきたらしいのだ。それらの中には、腹巻とステテコのオヤジや、白い上っ張りに鉢巻きをして長靴を履いたオジサンなどもいたとか。そういう人たちが、マリナーとアカデミーが演奏するヴィヴァルディの「四季」だかを静かに全部聴いて、盛大に拍手をして、楽しげに帰っていったのだそうである。
ちょっといい話だ。
神原音楽事務所も、のちに消防署から感謝状をもらったという。
ここまでは聞いた話だから、事実とは多少の食違いがあるかもしれない。しかし、これにはまた傑作な後日談がある。その時には私も現場にいあわせたのだが、それは次回。
『TICHET CLASSIC』2006年7月号掲載「演奏家今昔物語〜指揮者 ネヴィル・マリナー」より転載
以下は、招聘元の神原音楽事務所のスタッフから聞いた話である。
神奈川県立音楽堂でアカデミー室内管弦楽団の公演が行なわれているさなか、こともあろうに、隣の図書館が火事になった。事務所のスタッフがそれを発見、いち早く消防署に通報したところまではともかく、消防車がどっとやって来ると、何と彼は「今、ホールの方でクラシックの音楽会をやっているので、なるべく静かに消火して下さい」と頼んだのだそうだ。
当然、「冗談じゃありませんよ。すぐ全員を避難させなさい」と怒鳴られる。仕方なく、演奏会は中断。誘導された客たちは、逃げるどころかいっせいに野次馬と化したが、マリナーもアカデミーの楽員も、楽器を抱えたまま火事見物をきめこむ始末。謹厳なイメージもどこへやら、物見高さは英国の音楽家たちも同じというわけである。
幸いにボヤ程度で済み、ほどなく鎮火して現場は落ち着きを取り戻し、さて演奏会再開となったが、火事のとばっちりで、今度は全館が停電している。
それならキャンドル・コンサートはどうだ、と誰かが提案したが、ホール側が青くなって「火だけはやめてくれ」と言う(あそこは「木のホール」として有名である)。
では懐中電灯でやろう、となって、スタッフがあちこちから懐中電灯をかき集め、一人が2本ずつ高くかざして譜面台を照らし、かくして演奏は無事に行なわれた。なかなかいい雰囲気だったという。
ところが面白いことに、火事の前にはそこそこの入りだった客席が、演奏が再開された時には、いつのまにか超満員になっていたそうな。
野次馬たちが、火事が消えるとそのまま、タダで会場に入ってきたらしいのだ。それらの中には、腹巻とステテコのオヤジや、白い上っ張りに鉢巻きをして長靴を履いたオジサンなどもいたとか。そういう人たちが、マリナーとアカデミーが演奏するヴィヴァルディの「四季」だかを静かに全部聴いて、盛大に拍手をして、楽しげに帰っていったのだそうである。
ちょっといい話だ。
神原音楽事務所も、のちに消防署から感謝状をもらったという。
ここまでは聞いた話だから、事実とは多少の食違いがあるかもしれない。しかし、これにはまた傑作な後日談がある。その時には私も現場にいあわせたのだが、それは次回。
『TICHET CLASSIC』2006年7月号掲載「演奏家今昔物語〜指揮者 ネヴィル・マリナー」より転載
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