2020-04

2・13(土)旅行日記(終) ジュネーヴ立ち寄り
アルバン・ベルク:「ルル」(3幕版)

  ジュネーヴ大劇場

 雪で空港のコンディションが悪く、空の便も大混乱である。早朝ベルリンのテーゲル空港に駆けつけ、予定の便よりも一つ早いミュンヘン行きに飛び乗ったが、これが正解だった。ミュンヘン空港も大雪ながら、予定していたジュネーヴ行きに接続でき、昼前には現地に到着。雪は空港近辺には少しあったが、ホテルから見える市街にはほとんど残っていない。久しぶりに見る雪無し光景だ。

 8時よりジュネーヴ大劇場で「ルル」。3幕版だから、終演は11時45分にもなる。
 私はこの「3幕版」の、ベルク自身でなくツェルハが書き加えた第3幕の音楽には、何度聴いても興味が沸かない。ベルクの音楽だけでまとめた「2幕版」(エピローグ付)でやってもらった方がどれほどいいか、と思うくらいなのだ。
 だが、わざわざジュネーヴくんだりまで来て――しかもオリヴィエ・ピイが演出し、名花パトリシア・プティボンがルルを歌うとなれば、断じて終りまで観なければならぬ。

 とはいうもののプティボンが、冒頭からヘアヌードの全裸で――どうせタイツ利用なのだろうが――大暴れしようとは、予想外であった。
 今回のピイの演出は、「18歳以下は鑑賞お断り」と銘打ったという噂だけあって、まさに裸とセックスの連続である。場面転換の間奏曲の間にはたいてい誰か(多くはルル)のセックス・シーンが行なわれるし、メインの物語の間にも、背景のショップのガラス越しに同様の光景が繰り広げられる。
 ルルがダンサーとして舞台に立つ場面は、原作と違って、背景の「内舞台とそれを見る観客」で実際に視覚化されており――これ自体は非常に良くできた発想だ――そこでも他のダンサーたちによるセクシー場面の連続である。観客は忙しく目を動かさなくてはならぬ(!)。


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プティボン(ルル)

 プティボンにせよ、ダンサーにせよ、いずれも肢体が美しいのでたいへん結構なのだが、しかし第3幕での背景の「映画館」でアダルトビデオが上映されているという演出は、たとえ全篇ボカシであろうと、悪趣味の極みではなかろうか。
 とにかく、舞台の上で展開される芝居は一つではないので、すべてを見ながら、しかも字幕(英語と仏語の2種あり)をもちらちら見るとなると、クルマの運転時さながら、目を動かすのも猛烈に慌しい。

 ピエール=アンドレ・ウェイツの舞台美術と衣装は、物語の内容に応じてどぎつく、かつ乱雑だが、巧く出来ている方だろう。ベルトラン・キリイの照明も同様だ。
 背景のショップやホテルなどの建物は、常に回転舞台で左に右にゆっくりと移動して行く。したがって舞台は異様にカラフルで変化に富む。
 その舞台のあちこちには、「COMME TOUJOURS」「MEIN HERZ IST SCHWER」「I Hate Sex」「MEINE SEELE」など、オペラの内容を象徴する文字がネオンもどきに光る。

 大詰めでは、雪の降りしきる街角に、「切り裂きジャック」がサンタの姿で登場する。原作と違い、舞台中央でルルはジャックにナイフで喉を切られて殺されるが、しかし彼女はあたかも十字架にかけられたような姿で佇立したままになる。そのあと、彼女は再び生き返り、ガウンを脱ぎ捨ててまたも全裸の姿となり、これまでの物語に登場した人物すべてに囲まれて生き続ける。
 つまりこの物語は、comme toujours――今日でも常に起こり得ること、という意味であろう。

 肝心のプティボンだが、細身でリリカルな声の質からいうと、いわゆる悪女ルルのイメージとは、多少食い違いがあるかもしれない。
 しかし、かのクリスティーネ・シェーファーと同じように、たとえ細身の声であっても、すべての男を破滅させる美悪魔としての性格は充分に出せることはたしかであろう。
 但し問題は第3幕で、ツェルハの書き加えた咆哮絶叫気味の音楽には、彼女の声はやはり異質のような気がする。もしこの上演を、歌っているのがプティボンであることを知らぬままにラジオで聴いたら、どう感じられるだろうか? 
 もし2幕版で上演されたなら、「プティボンのルル」は、音楽的にも高く評価されるだろう。もちろん、演技など舞台上の映えは、2幕版でも3幕版でも変わりない。

 共演歌手たちには、それほどスター的な人はいないけれども、画家のブルース・ランキン、アルヴァのゲルハルト・ジーゲル、シゴルヒ老人のハルトムート・ヴェルカーら、安定して固められている。ただ、重要なゲシュヴィッツ伯爵令嬢(ジュリア・ジュオン)が冴えないのが惜しい。

 ルルに破滅させられる新聞編集長、シェーン博士を歌い演じるパヴロ・フンカも重厚さを示す。彼は原作の指定通り、切り裂きジャックとの掛け持ちだが、最後に2人の女を殺したあとでサンタの仮面を脱ぎ、シェーン博士の顔に戻って見せるあたりは、昨夜の「エリーザベトとヴェーヌス」におけると同様、1人2役の意味合いが完璧に生かされていると言ってよい。ピイの狙いの確かさが証明されているだろう。


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 左よりジュオン(ゲシュヴィッツ伯爵令嬢)、フンカ(シェーン博士)、プティボン
 写真はいずれもジュネーヴ大劇場提供 C GTG/Gregory Batardon


 指揮はマルク・アルブレヒトで、スイス・ロマンド管弦楽団がピットに入っている。彼の指揮は例のごとくバサバサして殺風景で、オーケストラもかなり乾いた、音の密度の薄い演奏だ。ベルクの音楽の裸の骨格が無表情に露呈されているというタイプの演奏である。

 この新プロダクションは2月4日にプレミエされ、今シーズンに6回上演され、今夜が4回目の上演になる。客席からのブーイングは全く出ない。かといって、ブラヴォーも最後に少々出たにすぎない(歌手に対してはもちろん少なからぬ歓声が飛ぶ)。拍手もそれほど大きくもない。
 2Rang のバルコンに座っていた私の周囲の男女高齢者たちは、若干おざなりの拍手をするだけで、あとは黙って座っている。そのくせヘアヌードが出て来ると、オペラグラスで食い入るように覗き込んでいるのである。変な客どもだ。

 ――今回の旅行日程は、これで終了。
 翌日早朝ルフトハンザ便でジュネーヴを発ち、フランクフルトで同便の成田行きに乗り継いで帰国するはずが、ジュネーヴで私の乗るべき便のみ土壇場で飛ばなくなり(雪のフランクフルトから機材が来なかったか?)大慌て。止むを得ずエールフランス機でパリへ飛び、そこからJALの満席の成田行きに潜り込む仕儀になった。そういうアレンジは、責任航空会社(この場合はルフトハンザ)がやってくれる。たとえ当初の予定より5時間遅れとはいえ、何とか「日本の土を踏めた」のだから、ありがたいと思わなくてはなるまい。

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