2020-04

2・12(金)旅行日記 ベルリン4日目
 ワーグナー:「タンホイザー」

  ベルリン・ドイツオペラ

 これは2008年11月にプレミエされたもの。畏れ多くもベルリン・ドイツオペラのインテンダント、キルステン・ハルムスじきじきの演出である。今夜の指揮はウルフ・シルマーだ(シーズン最初の公演では音楽総監督ドナルド・ラニクルスが振ったとある)。6時半開演、30分の休憩2回を挟み10時35分終演。

 序曲と第2幕歌合戦の場ではドレスデン版、第3幕最後ではパリ版を使用した、所謂「折衷版」での上演だった。それ自体は珍しくはないが、「ドレスデン版序曲」の中でヴェヌスブルクの官能的なバレエを見せ、序曲が終るとただちにタンホイザーが我に返る個所――第2場(アレグロ)に飛ぶやり方を聴いたのは、私は初めてだ。
 たしかに要領のいい方法ではある。が、短いなりにも意味のあるドレスデン版「ヴェヌスブルクの音楽」は全部カットされたわけであり、作曲者に対する礼儀という点ではいかがなものか。

 しかし、それより愕然とさせられたのは、第2幕の最後のすばらしい大アンサンブルにおける大幅カットだ。
 いつぞや新国立劇場でオーギャンが指揮した時のとほぼ同じ方法で、合唱の中にエリーザベトのソロ「Lasst hin zu dir ihn wallen」が入って来るところから、最後の piu motoに入る前までの部分がカットされていた! あの強引な暴虐カットは、こちらドイツの本場(?)でも行なわれている方法だったのか。 
 だからといって、それが正当化されるわけではない。

 タイトルロールにはシュテファン(スティーヴン)・グールドが登場。
 複雑な心理に苦悩する役柄の表現、ヘルデン・テナーとしての力強さや安定感において、彼はいま絶好調の段階にあるだろう。
 また、清純ながら情熱的な乙女エリーザベトと、官能の女神ヴェーヌスの2役を、ナディア・ミヒャエルが異なった表情で巧みに歌い分けていた。メゾ・ソプラノ的な強い声を響かせるヴェーヌスの方に格段の迫力があったが、この人は澄んだ声がなかなかの魅力である。

 ヴォルフラムをディートリヒ・ヘンシェルが歌うというので期待していたのだが、可もなく不可もない出来であって、特に存在を感じさせる表現でもなかった。
 その他、領主へルマンにラインハルト・ハーゲン、ワルターにクレメンス・ビーバーら。

 ハルムスの演出は、それほど特異な趣向を凝らしたものではない。
 むしろ舞台美術や衣装を担当したベムト・ダモフスキーに力量を発揮させたものといえようか。ヴェヌスブルクのバレエをはじめ、巡礼や第2幕での群集などの登場にはセリによる上昇が効果を生んでおり、しかも華麗な照明が強い印象を与える。
 吟遊詩人たちはすべて甲冑に身を固めた武士の姿をしており、第2幕冒頭(歌の殿堂)やラストシーンではそれと同じ姿をした無数の「甲冑軍団」が吊り装置により出現しては消え、幻想的な効果を生み出す。

 ハルムスの演出の中で一つ挙げるとすれば、第3幕で、エリーザベトとヴェーヌスを1人の歌手が掛け持ちする意味を最大限に活用した手法であろうか。
 この演出では、エリーザベトは、タンホイザーの帰還を空しく待ちつつ、ヴォルフラムに看取られて息を引き取る(コンヴィチュニーの手法と同様だ)。
 だがそのあと、帰って来たタンホイザーの腕の中で、彼女はヴェーヌスとなって生き返り、彼を官能の世界へ呼び誘うのである。
 タンホイザーはその彼女に取り縋ったまま、「聖なるエリーザベトよ、我がために祈れ!」と呟きながら死ぬ。彼は間違いなくこの瞬間、ヴェーヌスとエリーザベトとを混同、あるいは同一視しているのだが、1人2役の効果がこれほど舞台上ではっきりと作られた演出は、そう多くはないだろう。
 われわれ観客もまたその一瞬のうちに、2人の女の愛の間をさまよい続けた主人公タンホイザーの永遠の迷いと苦悩とを、集約された形で視るのである。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/669-9470b68f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

























Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

お知らせ

●2007年7月以前のArchivesを順次、アップロード中です。併せてご覧下さい。
2007年7月
2007年6月
2007年5月
2007年4月
2007年3月
2006年7月

Category

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」