2020-05

12・22(火)ウィーン第3日 サイモン・ラトル指揮「トリスタンとイゾルデ」

     ウィーン国立歌劇場

 サイモン・ラトルが指揮するワーグナーは、これまでにもエクサン=プロヴァンス&ザルツブルクでの「指環」と、ここウィーンでの「パルジファル」を聴いて来たが、今回の「トリスタン」での指揮は、それらと些か趣を異にする印象であった。
 もともと彼のワーグナーは、所謂「うねる」音楽ではないけれども、ここではそれに輪をかけて、非常に直線的な、極度にメリハリのついた演奏になっていた。

 端的な例は、「ブランゲーネの警告」の音楽であろう。和声が夢幻的に移ろいながら滑るように転調して行くのではなく、2小節ごとに、はい次、はい次、とけじめをつけながら進んで行くといった感じなのである(こういう「トリスタン」は、昔ベルリン・ドイツオペラの日生劇場公演で、若きマゼールが指揮したのを聴いて以来の体験だ)。

 彼がベルリン・フィルと演奏した「指環」では、巨巌のような剛直さの中にも極めて微細精妙なニュアンスを織り込んでいたものだが、この「トリスタン」では、むしろ細部にこだわらず、エネルギッシュに押し流して行くスタイルを採っていた。
 しかもラトルは、オーケストラを、際限なく轟々と鳴らす。歌手の声が聞こえようと聞こえまいと、オーケストラをしてすべてのドラマを語らせる、といった調子なのである。
 このようにオーケストラに主導権を持たせることは、ドイツの歌劇場では珍しくないが、それにしてもこれは極端だ。少なくとも1階平土間12列あたりで聴く限り、最強奏の際には、歌手の声は全滅である。

 とはいうものの、たとえ物理的に声が聞こえなくても、すべて聞こえているような錯覚に陥るのが、この作品、この演奏の不思議なところなのである。――演奏の仕方が巧いのか、それともわれわれがこの作品を既に熟知している所為なのだろうか?

 演奏に、官能的な色合いが皆無だったというわけではない。
 第3幕での、トリスタンがイゾルデの到着をひたすら待ち望むくだりの最後の部分、「Ach,Isolde,Isolde!」の個所や、大詰め「愛の死」で音が溶解して行くところなどでのオーケストラには、ハッとさせるような豊麗な音楽があふれていた。叙情的な部分での音楽の美しさは、あくまで失われていなかったのである。

 歌手陣は、トリスタンがロバート・ティーン・スミス、イゾルデがヴィオレータ・ウルマナ、マルケ王がフランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ、クルヴェナールがボー・スコウフス、ブランゲーネがイヴォンヌ・ナエフという錚々たる顔ぶれ。何を不服を言う必要があろう、と思えるほどの歌唱であった。

 演出はギュンター・クレーマーで、この劇場の既に定番となっているプロダクションである。第1幕でブランゲーネが「愛の媚薬」を用意するくだり、飲み物を2つ用意していたが、彼女が差し出したのと別のグラスから2人が飲んでしまうという設定は、ちょっと捻ったアイディアに見えるものの、あまり理屈に合わないように思えるのだが如何だろうか。

 第2幕冒頭での「松明の火」が、イゾルデが持参していた昔の許婚、故モロルトの人型をした甲冑の胴体部分から燃え上がっているのは、筋書きとしては象徴的だが、見た印象としては私には非常に不快だった。まるでモロルトの死体が燃えているように見えるのである。

 第3幕では、トリスタンの苦悩を見かねた忠実なクルヴェナールは、牧童に偽りの角笛を吹かせ(たと思わせ)て、イゾルデが到着するかのように主人に錯覚させる。が、その後は現実と幻想の綯交ぜの世界で、このあたり、もう少し巧くやってもいいのではないかと思うが、そこがクレーマー、舞台づくりはあくまで渋く、ことさら明解さを避けたような手法だ。
 「愛の死」のあと、イゾルデが片手でトリスタンの眼を、もう一方の手で自らの眼を覆ったまま立ちつくす幕切れは、いろいろな解釈を連想させて印象的であった。

 なお今回は、第2幕の2重唱の前半に大幅なカットがなされていた。天下のウィーン国立歌劇場で、昔ならともかく、今でもこんなことが行なわれているとは情けない。ここの慣習か? しかし2003年にティーレマンがここで振ったライヴのCDでは、カットは施されていなかった。ラトルの発想か? それとも劇場の慣習に妥協したか?

 5時半開演で、10時15分終演。今日あたりから晴天になって、気温も大分上がってきた。舗装道路といえど雪解けで、泥濘状態である。

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