2020-05

12・21(月)ウィーン第2日 ヴェルディ:「マクベス」

   ウィーン国立歌劇場

 今月7日にプレミエされたばかりのニュー・プロダクション。今夜が5回目の上演だが、甚だ芳しからざる――というよりむしろ、最低に近い出来。

 当初予定されていたダニエレ・ガッティがダウン、代わりにギレルモ・ガルシア・カルヴォという人(ウィーン国立歌劇場のソロ・コレペティトーア)が振っているが、こんな平板でダラダラした指揮ではどうしようもない。音楽に緊迫感が皆無なのだ。

 オーケストラもさっぱり締まらない。マクベス夫人の死の場面(第4幕第2場)冒頭のヴァイオリン群の粗雑極まる演奏には唖然とさせられた。こんなことも制御できない指揮者では困る。
 ダンカン王の死を知ったマクダフが動転して駆け込んで来る場面や、マクベス夫人の惨忍な野心を描くくだりのオーケストラのリズムの、何と甘く、のんびりしていること! これほどつまらない演奏の「マクベス」は、かつて聴いたことがない。

 それに加え、マクベス夫人役のエリカ・スンネガルドの歌唱も、冒頭の場面からしてこれまた平板そのもの、インパクトが全くなく、舞台の温度を早くも下げてしまう。
 このスウェーデン出身の美人ソプラノは、先年METに「フィデリオ」のレオノーレを歌ってデビューした際に「彗星の如く現われた驚異の新人」とか言われてセンセーショナルな扱いを受けていたが、私はその舞台をラジオ中継録音で聴いて「そうかねえ」と首を傾げた記憶がある。そのあとMETでトゥーランドットを歌ったり、あちこちの歌劇場でキャリアを積んでいるらしいが、どうもあまり進境が見られない。

 しかも、小奇麗な声ではあるものの、メリハリに乏しく、特定の音域では声が響かないという癖もある。
 最大の問題は、歌唱の表情の変化に乏しいことだろう。マクベス夫人の野心も激情も絶望も、すべて同じ調子で歌ってしまうので単調極まりない。これでは気弱な夫を唆して大事を成し遂げさせるという凄みのあるキャラクターを描き出すことはとても不可能だ。
 劇場で会った日本の知人たちが口を揃えて「下手ですねえ」と呆れていたが、同意せざるを得ぬ。しかし、拍手をしていた観客も大勢いた。

 マクベスのサイモン・キーンリイサイドはきちんと歌っていたが、この役には少々線が細いか。ただし気弱な性格を巧く出している点は、役柄表現としては当たっているだろう。
 他の歌手では、バンクォーのシュテファン・コチアン、マクダフのディミトリ・ピッタスが安定していた程度。合唱団も粗っぽい。かように声楽陣に気魄が希薄なのは、偏に指揮者の統率力の不足としか思えない。

 演出はヴェラ・ネミロヴァだから、やることは大体予想がつく。現代スコットランドの兵士及び市民といった衣装で、物語そのものは読み替えていない。が、織り込まれる趣向は、なるほどと思わされるものよりも、あってもなくてもいいように感じられる要素の方が多い。

 冒頭の魔女群は、カメラで盛んにフラッシュを光らせてマクベスたちを撮る。ダンカン王は躍りながら入って来て直ちに入浴。彼を暗殺したマクベスは妻とともにシャワーを浴びて血を洗い流す。マクベスがバンクォーの亡霊に怯えた宴会の場では、客の中に紛れ込んでいた反乱貴族たちが引き摺り出され射殺される。
 気が利いているのは、魔女がマクベスに見せる幻影の中で、歴代の王が次々に暗殺されるシーンが描かれていることだろう。

 苦笑させられたのは、織り込まれているバレエとは別に、登場人物たちが実によく踊ることだ(ダンスではない)。第3幕での魔女軍団は、ラジオ体操(健康体操?)をしながら歌う(困ったことに、これが音楽とよく合うのだ)。ダンカン王の一団は踊りながら登場するし、宴会の客も雑然と踊る。
 バンクォー暗殺の一団は赤い風船を持ち、滑稽な踊りを繰り広げる――第2幕第2場のこの合唱のリズミカルな要素をここまでコミック化して演技に反映させた発想は、見事というべきか、やり過ぎと言うべきか。暗殺団はそのあとも、赤鼻のトナカイのようなメイクで踊りながら、バンクォーの息子を手招きする。「魔王」に似た発想だ。

 まあ、ネミロヴァのことだから、このくらいは当然やるだろう。どんな可笑しな舞台でも、演奏さえ素晴しければ、ご愛嬌として上演に花を添えるもの。が、演奏が低調の場合には、さらに上演の足を引っ張ることになる。
 指揮者とマクベス夫人に対して一声二声、僅かなブーイングも飛んだようだが、概して拍手とブラヴォーが――ただし盛大ではない――多い。ウィーンの観客が甘いのは、一見の観光客も多い所為なのか。私にはとても拍手など出来なかった。

 プログラムには使用楽譜のクレジットがないが、パリ版を基本とし、大詰めにマクベスの死のモノローグを追加する――つまりアバドがDGGに録音している版と基本的に同じと見た。ただし、マクベスが死んだあとの合唱部分に少し違いがあるような気もしたが――こちらの時差ボケもあったから、はっきりとは言い切れない。

 (付記)翌日「トリスタン」の時に客席で会った当地の事情に詳しい方の話によると、プレミエの日には「天地もひっくり返るほどの」ブーイングだった由。それも上演中から騒然としていて、まずダンカン王が踊りながら入って来て風呂に入る場面から観客の怒りが爆発、スンネガルドの歌の後には叱声まで飛んだそうな。

コメント

オペラが滅びる

26/dez/2009を観ました 東條先生のご意見に100%の讃辞と同感を呈します
運命の力でもコメントしましたが ウイーン国立歌劇場の質の低下、演出家の独りよがりは目を覆うばかりです
ベルリン コミッセオパーでのグルックのアルミーダのエログロナンセンスのストリップ劇場化など音楽を冒瀆するも甚だしい現象です その上音楽の質まで最低ではオペラも末期ではないでしょうか
むしろフォークスオパーでのオペレッタのほうが、真面目に歌い踊っていて好感を覚へました 
今年国立劇場の蝙蝠アイゼンシュタインを歌ったフランク ラルセンが頑張っていました 久しぶりに逆立ちを観ましたし フロッシュ役ローナーのクローゼットに上る昔の演出に安心を覚えたくらいでしょうか

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