2020-05

12・10(木)レニングラード国立歌劇場(ミハイロフスキー劇場)
チャイコフスキー:オペラ「エフゲニー・オネーギン」

  オーチャードホール

 この何年間か、かなり「入り組んだ」演出の「エフゲニー・オネーギン」ばかり観続けて来たので、久しぶりにこのようなシンプルな舞台の上演を観ると、えらく新鮮で清々しく感じられる。

 このプロダクションは、この劇場が初来日した――サンクトペテルブルクから来日した初の大規模オペラカンパニーだった――1991年秋に観て以来のものだ。
 同劇場芸術監督スタニスラフ・ガウダシンスキー(現在は退任している)の演出で、舞台装置はほとんどカーテンのみと言ってよく、それが照明によって美しく映え、時には林の光景ともなり、また時には大広間の光景とも変わる。シンプルだが、非常に美しい。

 演出は極めてストレートで、これもまた久しぶりに観るスタイルだ。第3幕冒頭の「ポロネーズ」もオリジナルのト書どおり、絢爛たる舞踏会の場面として演出されている。たまに観ると、これもなかなかいいものである。

 このしっとりした雰囲気の舞台は、しかし、やはり本来はもっと小規模な劇場で上演されるように作られていると言っていいだろう――もっとも来日公演となれば、言っても詮無きことだが。
 音楽監督・首席指揮者ペテル・フェラネツ指揮する歌劇場管弦楽団の演奏にしても同様、大劇場向きの派手なものではない。

 ただ、フェラネッツの指揮は、どちらかといえば坦々と進めて行くスタイルであり、ドラマティックな音楽の起伏をつくることは、あまりない。第2幕でオネーギンとレンスキーの口論が次第に昂じ、緊張が高まっていくあたりの演奏には、どうも物足らないところがある。
 第3幕の、オネーギンとタチヤーナの場面など、昔から「オペラの結末としては劇的な盛り上がりに欠ける」と指摘されるところでもあるのだが、フェラネッツの指揮ではまさにその点が露呈されてしまうのだ。ここをゲルギエフあたりが指揮すると、「盛り上がりに欠ける」どころではなく、まさに激烈な葛藤に満ちた人間のドラマとしての迫力が生まれるようになるのだが。

 オネーギンを歌ったのは、アレクセイ・ラブロフという人で、今年同歌劇場に加わった新人。サンクトペテルブルク音楽院を卒業したかしないかという年齢のようだ。声が良く伸び、長身で舞台映えもする。これは有望株である。
 タチヤーナはアンナ・ネチャーエワで、この人も若い。「手紙の場」など、まだ少し硬さはあるが、いいソプラノだし、美貌なので、将来有望だろう。
 この歌劇場のソリストたちにも、若い世代の進出が目立つようだ。ロシアの音楽教育の健在を証明するかのようである。 

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