2020-05

12・5(土)イルジー・ビェロフラーヴェク指揮
日本フィルハーモニー交響楽団

  サントリーホール (マチネー)

 首席客演指揮者ビェロフラーヴェクが、ブルックナーの「交響曲第5番」を指揮。
 若い頃に比べると格段に風格のある音楽をつくるようになったビェロフラーヴェク、1999年にプラハ国民歌劇場来日公演で彼が指揮した「イェヌーファ」の見事さにも強い感銘を受けたが、久しぶりに彼の指揮を聴いたこのブルックナーも、予想をはるかに上回る出来であった。

 冒頭、祈りにも似た遅いテンポで始まった演奏は、やがて毅然たる力強さで進む。ことさらに誇張や芝居気のないストレートな演奏である。先日のインバルのような強烈な個性には及ばずとも、その引き締まった構築は充分説得性に富むものだ。

 日本フィルも、よく仕上げられた演奏を聴かせた。第3楽章は特に立派であり、終楽章の大詰めでの昂揚感もなかなかのものである。――ただ、何となく気になるのは、たいへん良い演奏をしているものの、オーケストラとしての自らの感情の奥底から湧き出るような覇気といったものに、今ひとつ不足しているのではないか、という点なのだ。
 あくまで指揮者に引っ張られた通りに演奏し、あくまで真面目に昂揚しているといった感じなのである。良い意味での「我意」がもう少しあったら、と思う。

 演奏が一旦軌道に乗ってしまっている時はまだいいのだが、たとえば第1楽章序奏で金管群が前面に躍り出る瞬間(第18小節など)や、第4楽章序奏でヴァイオリンが弱音でトレモロを開始する個所(第13小節)といったような、沈黙の中から最初に第1歩を踏み出すような個所では、何となく――あたりを見回して、おずおずと歩き始めるような雰囲気が感じられないでもないのである。
 こんなところは、指揮者が合わせるとかどうとかいう問題ではなく、オーケストラ自身がアンサンブルをつくって自主的に堂々と始めるようになるべきではないかと思うのだが――いかがだろう。
 そういう方が、演奏もずっと生き生きしたものになると思うのだけれど。

 最後の金管群のコラール。これはバランスが良かった。ナマで聴いた最近の演奏の中では、出色のものではなかったかと思う。ティンパニも良い。
 

コメント

金管を倍にしないで、よく頑張ったと思います。素直に聴けて、聴いていて気持ちの良い演奏と感じました。

金曜定期に行ってまいりました。
元々ビエロフラーヴェクが振る時に日フィルは良質な音を出すと思いますが、それは今回もいい意味で期待を裏切らないものだったように感じました。
素人が何を言うか!と言われそうですが、今の日フィルには先月のジークハルトやビエロフラーヴェクのような音作りをするマエストロに、荒れた日フィルの音を整えて行って欲しいなといつも思っています。

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