2020-04

11・30(月)ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮
読売日本交響楽団定期 シュニトケ・プログラム

  サントリーホール

 来日オーケストラ実に9団体(!)に席巻された11月の東京の音楽界ではあるが、しかしその渦中にあっても日本のオーケストラは、外来さんよりむしろ遥かに意欲的なプログラムで応戦を続けていた。
 その一つが、読売日響だ。特に今夜はシュニトケ特集で、「リヴァプールのために」(日本初演)、ヴァイオリン協奏曲第4番、オラトリオ「長崎」(日本初演)という凄いプログラムである。ナマで聴く機会はこれが最初で最後かもしれない、という曲もある。

 管弦楽はいずれも大編成。協奏曲の場合には、ソロ(サーシャ・ロジェストヴェンスキー)がオーケストラの大音響の中に埋没することさえしばしばある。だがその音色と響きはすこぶる多彩で斬新で、スリリングな面白さにあふれるところが多い。どの曲にも古今新旧、ありとあらゆるスタイルが作品の中に顔を見せている。これもいかにもシュニトケらしい。

 「長崎」は1959年の作とのこと。原爆の災厄と、平和への呼びかけを内容としている。歌詞はソ連や日本の詩人のものが使われているそうだが、なんとなく50年代の「反戦歌」の雰囲気を感じさせるものだ。しかし、50年前のソ連にこういう音楽を書いた若者が既に居たのだという事実には、感銘を覚えずにはいられない。ショスタコーヴィチやプロコフィエフなどの影響らしきものも聞かれるが、音楽はさらに粘着性が強い。若きシュニトケの面目躍如だろう。

 アルトのソロは坂本朱、合唱は新国立劇場合唱団で、いずれも好演。

コメント

東条先生こんにちは。「長崎」については、プロパガンダだとかなんとかいろんな見方があるでしょうが、音楽大学の卒業制作であるというこの作品の見事さ(もちろん若書きですが)、そして異国の被災に対してこれほどの思い入れを寄せるみずみずしい感性に、驚きを通して深い感銘を受けました。
 私が聴いたのは、土曜日のマチネー。客席はもったいないほどがらがらでした。シュニトケの感度の高さに対して日本の(東京の)音楽愛好家のみなさん、ちょっとあまりに知的怠慢ではありませんか、と言いたくなりました。そんなにたいしたことのない外来楽団の演奏に盛んなブラボーが飛び交うのをあわせ見ると、つくづく舶来信仰の抜けない国だなあと思います。
 パンフレットには「長崎」について、ショスタコーヴィッチやストラヴィンスキーの影響といったことが書いてありましたが、私もこれはプロコフィエフのほうが近いと感じました。管弦楽法についてもそうですし、また、沈鬱な女声ソロが死者を悼む楽章を、希望や決意をうたいあげる終曲の前におく構成などは、まさしく「アレクサンドル・ネフスキー」でしょうか。

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