2020-04

11・24(火)エリアフ・インバル指揮東京都交響楽団
 ブルックナー「5番」

  東京文化会館大ホール

 こちらはブルックナーの「第5交響曲」。
 インバルの鋭角的で強烈な音づくり、フォルティシモとピアニシモとの極端な対比。あたかも表現主義的なブルックナー。しかも、非常に厳しい佇まいの交響曲になる。昨夜のブロムシュテットの対極に立つ解釈と言えようか。
 私にとっては、このインバルの指揮の方が遥かに刺激に富むものに感じられる。したがって今夜は昨夜より堪能したわけだが、しかし2日続けてこのような対照的な性格を持つ演奏でブルックナーが聴けるとは、何と幸せなことであろう。

 東京都響は、まさに渾身の熱演だ。プリンシパル・コンダクターのインバルの下で演奏して来た、このところのマーラーといい、ベートーヴェンといい、チャイコフスキーといい、――すべて激しいデュナーミクの変化を持った、メリハリ豊かな演奏が続く。
 ただ、もう少し綺麗な音色であればいいのだが。最後のクライマックスでの轟々たる音の坩堝など、いかにも音が粗く乾いて、法悦感を生み出すには不足する。そういう点になると、オーケストラのバランスも含め、残念ながら昨夜のチェコ・フィルとは雲泥の差を感じないわけには行かぬ。とはいえ、もし今日の演奏を残響豊かなサントリーホールで聴けば、もう少し異なった印象を得るかもしれないが。

 昨夜と同様、ぎっしり埋まった客席。しかし今夜は、昨夜のようなフライング拍手は起こらず、インバルが両手を下ろすまで、息をつめた静寂が保たれた。ここで長く空間に消えて行く残響があれば理想的なのだが、東京文化会館というのは本当にデッドなホールである・・・・。

コメント

東条先生こんにちは。私もこの両日の公演に出かけました。まったく違うアプローチでどちらも興味深く、しっかりと聴かせていただきました。ですが、率直にいえば「チェコフィルをインバルがサントリーで振ってくれたらよかったのにな」という気持ちです(都響のみなさん、すみません)。終演後、誠に盛大な喝采を浴びたブロムシュテットですが、その若々しいタクトはときにあらずもがなのアッチェレランドなどに結びついてしまい、かえって音楽を浅くしていたように感じました。以前、ゲヴァントハウスとでしたか、ブルックナーの5番をやったとき、久々にこの人の真価にふれたように思ったのがなんとも懐かしいです。

いきなり失礼いたします。毎回楽しみに読んでおります。

天井桟敷で聴いておりました。
エラソウですが都響はあれが全力です、ご容赦ください。
拍手の半分以上は年期の入った定期会員のものと信じます。
(このオケの会員は、感情表現は淡泊でも耳は確かです)


ブルックナーの体臭がぷんぷん臭う内容だったと思います。
食べ物にたとえれば民族固有の「おいしさを感じる臭い」がありますが、これを平易に、かつ以前のようにとんがらず馴染みやすいように展開して頂けました。堪能しました。

毎日ブルックナーを聴いてもへっちゃら、という剛の者も「まあ、そういう側面もあるよね」と渋々認めざるを得ない臭いが、
先鋭=洗練=精錬された形で聴き手に届きました。


インバルの表現もずいぶん間口が広くなったと思います。

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