2019-05

10・8(月)新国立劇場 「タンホイザー」

  新国立劇場

 若杉弘・新芸術監督のもとでの新シーズン開幕公演。

 期待が大きく裏切られたのは、肝心の音楽面。第2幕大詰めのアンサンブルのうち、あのすばらしく感動的なピウ・モッソの部分をカットしてしまったことだ。この前後の個所でしばしば慣習的なカットが行なわれるのは事実だが、これだけ大幅で乱暴なカットは、最近の上演では希有なことである。作品を破壊する行為と非難されても仕方がない。たとえウィーンだかどこだかに前例があるにしても、われわれの歌劇場が真似すべきことではない。

 演出のハンス=ペーター・レーマンは、先日のワーグナー協会のゼミナールで、「使用版は折衷版のウィーン版」と宣言していた。が、そもそも何を以てウィーン版と称するかは微妙なところだ。
 ワーグナーは1861年のパリ初演に際し、それまでのいわゆる「ドレスデン版」に大幅な改訂を加えた。つまり、第1幕冒頭に「バッカナール」を加えたのをはじめ、「ヴェヌスブルクの場面」全体を大きく拡大したほか、各幕にいくつかの変更を施した。これがいわゆる「パリ版」である。
 ただし、そのパリ初演の際には、「序曲」がいったん完奏されたのち「バッカナール」が開始されるという方法が採られていた。現在の形のように「序曲」の途中から「バッカナール」に続く形で演奏されたのは、1875年ウィーン上演が最初だったのである。「ウィーン版」という呼称はこれに由来する。
 もっとも、一般的にはこれもパリ改訂の概念の中に含まれ、CDなどでの表記を含め「パリ版」と呼ばれるのが普通である。このあたりについて、新国立劇場の今回のプログラムには「ドレスデン版とパリ版を折衷した版=ウィーン版とも称される」という意味のことが付記されているが、これは観客に誤解を生じさせるだろう。

 現実には、今回は基本的に第1幕と第3幕がパリ版、第2幕は一部ドレスデン版で演奏されていた。前述のカットは、ウィーン上演の際にワーグナーが認めたものだということらしいが、いやしくも彼がそれを「喜びをもって」認めたとはとうてい信じがたく、今日のわれわれが倣うべきものではない。
 またこのアンサンブルの前半の部分では、タンホイザーのパートの裏で歌われる合唱のパートの一部は、今回も「慣習的に」省略されていた。これも賛成できない方法だが、バイロイトなどでも今なおしばしば行なわれる方法であることは事実だ。そして第2幕始めのタンホイザーとエリーザベトの二重唱におけるヴォルフラムの短いパートも「慣習的に」カットされていた。
 
 題名役はアルベルト・ボンネマに替わったが、何とも粗っぽく傍若無人な歌いぶりで、興を削ぐこと夥しい。タンホイザーの自暴自棄的な性格をよく表現しているだろう、などとこじつけて解釈することすら無理である。演技も雑で、まるでぶっつけ本番で舞台に登場したような様子さえ見られる。ヴォルフラム役のマーティン・ガントナーはこの役の雰囲気ではないが、歌唱の上では健闘していた。ヴェーヌス役はリンダ・ワトソン、声は少し硬いが安定している。ヘルマン役のハンス・チャマーも、まず無難だろう。光ったのはリカルダ・メルベートのエリーザベト。今回は毅然たる女性という性格を見事に出していた。
 
 指揮のフィリップ・オーギャンは、あのカットの問題さえなければ、辛うじて合格点をつけてもいいほどだったのだが・・・・。東京フィルの演奏は、まとまってはいたけれど、相変わらず音がか細い。特にワーグナーの音楽の場合には、もっとオーケストラに雄弁さが欲しいし、何より弱音、最弱音が豊かに響いてこなければ音楽が痩せてしまう。欧米の歌劇場では、オーケストラがもっと轟々と鳴る。よくわからないが、この劇場はオケ・ピットを少し下げすぎているのではないのか?

 レーマンの演出はあくまでストレートで中庸を得て、理屈も何もないタイプのもの。役柄について新たに何かを発見させてくれるというものでもない。奇抜な読み替え演出も煩わしいが、さりとてこのレーマンのようなスタイルも、これまであれこれこのオペラを観てきて、さらに何か新しいものを見いだそうというファンには、少々退屈である。
 オラフ・ツォンベックの舞台美術は、半透明な柱を多用してきらきらと輝く。立田雄士の照明が生きる。これらは、序曲のさなかにセリで上がってきて見せ場を作る。衣装もツォンベックで、吟遊詩人たちの服装はロシア、スペン、モンゴル、アフリカといった、いろいろな国のイメージを反映しているように見えないでもない。それはいいのだが、今回の衣装は、女性合唱をなぜか小柄な体躯に見せてしまった。
  東京新聞10月13日

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