2020-04

11・15(日)ハンブルク・オペラ ワーグナー:「ジークフリート」

  ハンブルク州立歌劇場

 とんぼがえりでハンブルクを訪れる。
 まず、州立歌劇場。シモーネ・ヤング指揮、クラウス・グート演出の「ニーベルングの指環」が「ジークフリート」まで達している。
 昨年の「ラインの黄金」(3月19日)、「ワルキューレ」(11月12日)と順に見て来て、グートの演出はさほど面白い部類には入らないけれども、ヤングおばさんの指揮が引き締まって歯切れ良いので、とりあえず今回も、となった次第。

 もともと彼女の指揮には割り切って素っ気無いところがあり、たとえば「ブリュンヒルデの目覚めの場」での弦のトリルの後など、ラレンタンドなしで思い切りよくスパッと切るという演奏なので、官能や情緒を求めても無理だ。が、まあこれも近年のワーグナー演奏の一つのタイプであることは事実だろう。

 昨年と違って今回は、1Rang Recht Balcon (2階席)の最前列で聴いたせいか、オーケストラ(ハンブルク・フィル)の音が裸で生々しく細部まで顕わに聞こえるので、ちょっとした乱れやノリの悪さも気になってしまう。分厚い管弦楽の中で各モティーフが精妙に絡み合い、音楽が虹の色のように変わって行く感のある第3幕になると、彼らの演奏はどうも勝手が悪いようだ。
 それでも中盤以降、オーケストラのバランスは完璧に近いものとなり、ワーグナーの厚みのある響きとスペクタクル効果を充分に再現してフィナーレを盛り上げた。終り良ければ全て好し、ということにしましょう。

 配役の中で、このツィクルスで継続して出ているのは、ファルク・シュトルックマン(ヴォータン)とヴォルフガング・コッホ(アルベリッヒ)。前者は相変わらずの馬力で、迫力はあるのだが、少々吠え過ぎの印象がなくもない。
 ミーメのPeter Galliardは昨年春の「ラインの黄金」でもローゲを歌っていたはずだが、あの時は喉の不調とかで口パク演技で、舞台袖でクリスティアン・フランツがパワフルな歌唱を聴かせていた。
 そのフランツが今回はジークフリート。例のごとく暴れん坊を演じていたが、彼のジークフリートはその体型のせいか、大体いつもこんな調子である。

 ブリュンヒルデを歌ったのは英国人のキャサリン・フォスター。この人、何か我々が棒読みする時のドイツ語の発音みたいになる時があって、これでもいいんだろうか、と思うけれども、その代わり声は非常に綺麗で、張りとパワーもある。
 特に、全曲最後の高いハ音を絶叫にせず、濁らぬ声で、しかも2小節間も(!)朗々と延ばしたのには感心した。最近、ここをこのように歌えたソプラノにはあまりお目にかからないからである。

 その他、ファーフナーをDiogenes Randes、エルダをDeborah Humble、森の小鳥をHa Young Lee。最後の2人はキャリア・プロフィールも載っていない扱いとは如何なる訳か。ファーフナーに少々凄みが不足することを除けば、皆手堅い出来である。

 第1幕は、ジークフリートとミーメが「暮らしている」殺風景な広い部屋。ミーメは一度も鍛冶を行なわず、ただストレスに悩み、貧乏揺すりをし、精神安定剤を服用してばかりいる男だ。
 ジークフリートは部屋にある洗濯物から洗濯機からあらゆる物を叩き壊しては燃やし、洗濯機のモーターを鑢代わりにしたりして、とにかく上手く剣を作り上げる。
 第2幕は、空しくファーフナーを見張るアルベリヒが酒と煙草に浸る日々。クリスティアン・シュミットの舞台美術がちょっと変った面白さを見せて、「森」をテラスの向う側に密生している植物園のごとき樹林に設定、ファーフナーが斃れるとその葉林が割れ、奥に庭園の廃墟が現われる仕掛け。

 興味深いのは、森の小鳥が小型ジークフリートという姿をし、鏡に写ったような動作をしつつ出現することだ。明らかに小鳥は彼の幼年時代――つまり彼の幼児的な夢や憧れを象徴する存在として描かれている。そのあと第3幕で、ブリュンヒルデが心を開いた音楽が始まった時、窓の外に近づいて来た「小鳥」の前で、ジークフリートがゆっくりと窓を閉め、静かにそれと訣別するシーンがあることでも、それは証明される。
 今回のグートの演出で心理的な解釈が光っていた個所は、そのあたりである。

 第3幕第1場、エルダの出現場面は、何と巨大な図書室。彼女は膨大な文献の研究に没頭している。「智の神エルダ」だから、なるほどそれも一つの解釈。
 但しその本には、綴じの緩んでバラバラになった白紙も少なくないらしい。ラストシーンでブリュンヒルデがジークフリート一緒に何冊かの本を破り捨てるのは、おそらくそのエルダから受け継いだ「智」と訣別するという意味であろう(もう少し本というものを大切にしなさいよ)。

 この大詰めの場は、「ワルキューレ」第3幕で見られた汚いタイル製洗面所の痕跡が少し残る、大きな窓のある部屋。何となく壊れた温泉大浴場か、廃墟となったスパを連想してしまった。「ワルキューレ」第3幕のあの部屋は、長い年月の間に、ブリュンヒルデが寝ていた洗面所の一角だけを残して、改造され、そして廃墟と化したのだろう。
 5時開演で、10時終演。

 この新制作プロダクション「ジークフリート」はこの秋6回上演で、今夜が最終日である。オペラ部門インテンダント&音楽総監督シモーネ・ヤングは今シーズン、この作品の他に、新制作の「ルチア」11回と「アンドレア・シェニエ」6回、「期待」など3つの作品を集めた「トリロジー」6回を振り、またレパートリーでは「ホヴァーンシチナ」5回、「アラベッラ」3回、「ラ・ボエーム」2回、「椿姫」2回、「カヴァレリア・ルスティカーナ」と「道化師」各3回、「メリー・ウィドウ」3回、「サロメ」3回、「エレクトラ」2回、「ヴェルディ・ガラ」1回を指揮、またハンブルク・フィルのジルヴェスターも指揮するという大車輪だ。
 だが、オペラ座一国一城の主ともなれば、そのくらいは珍しいことでもなかろう。

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