2020-04

11・9(月)大野和士指揮フランス国立リヨン歌劇場管弦楽団

東京オペラシティコンサートホール

 ショーソンの「交響曲変ロ長調」、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、サン=サーンスの「交響曲第3番」、アンコールにフォーレの「パヴァーヌ」と、見事にフランスもので固めた一夜――のはずが、最後のアンコール曲にブラームスの「ハンガリー舞曲第1番」とは・・・・。

 ショーソンの交響曲をナマで聴くのは何年ぶりだろうか。いい曲だ。この第3楽章冒頭部分が、昔ニュース映画(映画館で上演される世界のニュースのこと)の竜巻などの災害場面で必ず使われていたことを記憶している人は、もう少ないだろう。
 もともと激しい曲想が多い作品だが、大野の指揮もそれに輪をかけてアジタートだ。彼は本質的にラディカルな音楽性を持った指揮者ではないかというのが私の独断的意見なのだが、この曲の演奏など、その最たるものではなかろうか。

 サン=サーンスの「3番」にしても同様、第1楽章での嵐のような進行、フィナーレ最後でのテンポの猛烈な加速など、これほど激した演奏に出会うことはめずらしい。
 ほとんどプレスティシモのテンポで演奏された「スケルツォ」にあたる部分では、私は思わずベルリオーズの「ロメオとジュリエット」の「マブ女王のスケルツォ」を連想してしまったのだが、なるほどこの個所は、演奏によってはこういう妖精のような性格を備えることが出来るのだ、と啓示を受けたような思いである。

 だからといって、大野の指揮が常に疾風の勢いばかりだったというわけではない。「牧神の午後への前奏曲」におけるふくよかで夢幻的な世界など、彼の叙情面での良さが余すところなく発揮された演奏であった。
 ニュアンスも非常に細かい。「パヴァーヌ」で、フルートの主題に応答する木管群のフレーズを極度にふくらませて演奏させるあたり、大野の劇的センスも実に面白いな、と感心させられる。

 リヨン歌劇場のオーケストラは、叙情性とエネルギーとを交錯させた熱演を披露した。音色は必ずしも常に美しいというほどではなく、勢いが優先してしまうきらいがなくはない。だが、金管群の輝かしさは、さすがフランスのオーケストラというべきか。それはサン=サーンスの交響曲の、特にフィナーレにおけるファンファーレで、胸のすくような効果を発揮していた。

コメント

懐かしのショーソン

 ショーソン第3楽章冒頭のエピソードには思わずニヤリとしてしまいました。私も当日、同伴者に同じように「昔のニュースでは山火事なんかあるといつもこの曲が使われたもんだヨ」と説明していたものですから。
 
 パレー/デトロイトが最も好きな録音ですが、大野さんの演奏も手に汗握る立派な演奏でした。久しぶりのショーソン、堪能しました。

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