2020-07

11・8(日)ザ・カレッジ・オペラハウス「火刑台上のジャンヌ・ダルク」

   ザ・カレッジ・オペラハウス  (マチネー)

 大阪音大ザ・カレッジ・オペラハウスの20世紀オペラシリーズには、毎年のように優れた上演が並ぶが、今年のオネゲルの「火刑台上のジャンヌ・ダルク」もなかなかの力作であった。

 まず何より、首席指揮者チャン・ユンスンとザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団がいい。引き締まって密度の濃い演奏だ。劇中にいくつかある高揚点への追い込みもすこぶる緊迫感に満ちていて、全曲を意外に短く感じさせるほどであった。

 演出は岩田達宗、舞台美術は増田寿子。
 今回は、中央に十字架を置いてジャンヌを板付きにするといったセミステージ・スタイルではない。ジャンヌは中央の「火刑台」にとどまらず、しばしば舞台最前方にまで場所を移す。登場人物の動きを多くし、よりオペラとしての効果を狙っている。合唱団の動きがいいので、舞台としてもまとまりが感じられる。

 セリフ役のジャンヌと僧ドミニクは、常に日本語(ほんの1ヶ所あるジャンヌの歌も日本語)。その他の人々は歌唱・セリフを含めすべてフランス語という設定だ。これは、聴く側にとっても少々煩わしいところがなくもないが、まあ仕方がないだろう。ジャンヌ(石橋栄実)とドミニク(川下登)のセリフは極めて明晰で、特に石橋の演技の良さも特筆すべきものがあった。

 ただ惜しむらくは、石橋のセリフの発声が、日本のオペラ歌手がセリフを喋る時には必ずこうなる――歌うような、頭の天辺から声を出すあの流儀に陥っていることで、これは性格表現の微細さを完全に失わせる。このドラマでは、ジャンヌは歌手よりも俳優であるべきなのである。
 もう一つは、彼女のセリフが最初から最後までハイ・テンションのままであるため、性格表現が非常に単純になってしまい、苦悩の心理状態が一面的にしか描き出せなくなってしまうことだ。第9場「ジャンヌの剣」など、音楽が闇の中の回想にふさわしく暗鬱に沈潜している個所では、セリフも音楽に合わせてもっと起伏を持たせた方がいいのではなかろうか。そうしないと、クライマックスたる最終場面の火刑での感情高揚が生きて来ないのである。

 もっとも、この作品の舞台上演では、ジャンヌ役の人はたいてい張り切ってしまうらしい。これまで私が観たいくつかの上演でも、終始ハイ・テンションになってしまう点では大同小異であった。
 その昔、オーマンディ指揮のレコードで演じていたヴェラ・ゾリーナのような、起伏縦横、明暗自在といったセリフ回しでジャンヌの揺れ動く心理を微細に描き出せる人は、もう出て来ないのであろうか。

 その他歌手陣は、第8場に出て来る坊さんだけがおそろしくいい加減な歌い方をしたことを除けば、みんな健闘していた。

 日本ではそれほど繁く上演される機会のない曲なのに、なぜか重なる時には重なるらしく、来年2月には沼尻竜典が大阪センチュリー響の定期でこれを取り上げる。それも聴いてみたい。この曲は、昔から私の好きな曲である。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/602-df9ac74e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

























Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

ブログ内検索

お知らせ

●2007年8月以前のArchivesを順次、アップロード中です。併せてご覧下さい。
2007年8月
2007年7月
2007年6月
2007年5月
2007年4月
2007年3月
2006年8月
2006年7月
2006年4月
2006年3月
2005年12月
2005年8月
2005年4月
2005年3月
2004年5月
2004年4月

最近の記事

Category

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」