2020-05

9・30(水)スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮 読売日本交響楽団
ショスタコーヴィチ:交響曲「1905年」

   サントリーホール

 弦10型で演奏されたモーツァルトの「ジュピター」も毅然として鋭い表情に満ちていたけれど、ショスタコーヴィチの交響曲第11番「1905年」の壮絶さ、激烈さは、更に圧倒的であった。
 スクロヴァチェフスキ、4日後には86歳。この高齢にしてかくも強い精神力は、どこから生れるのだろう。

 「ペテルブルクの王宮前」(第1楽章)で、スクロヴァチェフスキは、トランペットやホルンのモティーフを、スコア指定のpではなく、むしろ強い音ではっきりと響かせる。冬の夜明けの神秘的な雰囲気こそ薄れるが、この剛直な音づくりによって悲劇の光景を骨太な筆さばきで描き出すことが、彼の狙いなのだろう。
 「永遠の追憶」(第3楽章)における「同志は仆れぬ」の主題なども、悲痛というよりはむしろ「不屈の歌」といったイメージの演奏である。

 読売日響も、今日こそは存分に燃焼していたのではなかろうか。
 これまでにも私たちは、デプリーストと東京都響、ラザレフと日本フィルをはじめ、いくつかの日本のオーケストラによるこの曲の優れた演奏に接して来たが、今回のような演奏を聴くと、オーケストラ自体の威力という点では、やはりこの読売日響は一頭地を抜く存在という感がある。

 たとえば、第4楽章でのチェロとコントラバスのリズムの切れの見事さと、壮烈な緊張感。そして、コーダの昂揚個所では、オーケストラは阿鼻叫喚になるどころか、逆に驚異的なほど調和のとれた響きになって行く。
 しかもその直前の長いイングリッシュ・ホルンのソロは絶品で――かなり骨太な音色であるけれども――断続する各フレーズが決して断片的なイメージになることなく、大きく弧を描くような繋がりを感じさせつつ高く高く上って行き、安らぎと浄化を感じさせたのであった。

 秋のシーズンはまだ始まったばかりだが、この演奏は疑いなく、今シーズンのハイライトとなることだろう。

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