2019-05

9・17(木)ミラノ・スカラ座日本公演最終日
ヴェルディ「ドン・カルロ」

   東京文化会館大ホール (3時開演)

 見事にクールな「ドン・カルロ」。
 ダニエレ・ガッティが極度に遅いテンポと長いパウゼを駆使してオーケストラから引き出す、透明清澄、怜悧明晰な音色。
 聴き慣れた「ドン・カルロ」が、驚くほど沈潜した叙情的な音楽となって流れる。フランスの演出家ステファーヌ・ブランシュヴァイクの動きのない演出と、白と黒を基調にした舞台装置が、視覚的にもそのクールさを助長させる。

 こういうスタイルの「ドン・カルロ」も確かに成り立つのだ、と考えつつ、観て、聴いていた。しかしやはりその一方では、かつてザルツブルク音楽祭で観たカラヤン指揮・演出の豪華絢爛たる音楽と舞台や、マゼールやゲルギエフが豪壮に指揮した故ヴェルニケの壮大だが細密な演技を伴った舞台などを、時々懐かしく思い浮かべてしまうのであった。

 ガッティは、「火刑の場」などでも、オーケストラを咆哮させるようなことをしない。あの閃くトランペットの音階さえ、極度に抑制した響きで、くぐもった音色で吹かせる。この場面をスペクタクルなものとせず、悲劇的な要素をのみ強調するねらいだろう。
 その代わり、次の場面でのフィリッポ2世と宗教裁判長との息詰まる応酬のくだりでは、ここぞとばかりオーケストラを不気味に高鳴らせる。スカラ座管弦楽団の弦のトレモロの物凄さ! これだけデモーニッシュで暗い迫力の漲った演奏は、これまで私がナマで聴いた「ドン・カルロ」の中では、あのカラヤンとウィーン・フィルの演奏以来である。
 テンポを誇張する傾向のあるガッティの指揮には私はあまり共感できないのだが、この応酬場面の演奏には、特大の拍手を贈りたい。

 ブラウンシュヴァイクという人の演出には、この4年間、ザルツブルク・イースター=エクサン・プロヴァンスの「指環」をじっくりと観て来た上でだが、私はもう何も期待しないことにした。今回上演に使われたのは「4幕版」だが、カットされているフォンテンブローの森の場面での思い出を実際の光景として背景に蘇らせるあたりは良いアイディアだと思ったものの、それ以外は全く単調で、演技と呼べるほどのものも皆無と言ってよい。

 歌手では、やはりルネ・パーペのフィリッポ2世が、あの「独り静かに眠ろう」のアリアで本領を聴かせた。ロドリーゴを諭す場面では、口調は厳しくても、信頼する部下への愛といった表情を眼に浮かべていたが、しかし今回は演出のせいもあってか、彼得意の「眼の演技」はあまり見られなかったようだ。

 彼に次ぐ出来を示したのは、理想主義者ロドリーゴ役のダリボール・イェニス。なかなかシャープで個性的なキャラクターである。
 王妃エリザベッタのミカエラ・カロージと、エボリ公女のアンナ・スミルノヴァには、失望の連続。甘い音程と、だらだらしたリズム感は、ガッティのつくる端正な音楽の流れと全く合わない。特にカロージは、オーケストラとのハーモニーを全然つくれない人である。あれでは、せっかくのヴェルディの美しい和声も台無しだ。
 リズムの甘さという点では、宗教裁判長のアナトーリ・コチェルガも同様だろう。だが彼には、いかにズレズレのリズムやテンポでも、名調子でとにかく聴かせてしまう、という老練さがある。
 肝心のドン・カルロ役のラモン・ヴァルガスは――彼はもともとああいう人だから、演技も声も、あれこれ言ったところでどうしようもなかろう。

 「往年の名演」に縋りつく気は毛頭ないけれども、せっかく話が出たからには、記憶に残る上演二つについて少々。
 一つは1976年のザルツブルク音楽祭におけるカラヤン指揮の上演。ニコライ・ギャウロフ(フィリッポ2世)、ホセ・カレーラス(ドン・カルロ)、ピエロ・カプチッリ(ロドリーゴ)、ミレッラ・フレーニ(エリザベッタ)、フィオレンツァ・コッソット(エボリ)、エディタ・グルベローヴァ(天の声)――という、ため息の出そうな豪華配役だった。全盛期の名歌手たちが競って聴かせる迫力の凄かったこと。コッソットの「むごい運命よ(呪わしき美貌)」のあとなど、場内がどよめいたほどだ。

 同じくザルツブルク音楽祭で世紀の変わり目に上演されていた、故ヘルベルト・ヴェルニケの演出は、名プロダクションとして有名だった。演技もかなり精緻で、ふつうは目立たない役柄のレルマ伯爵が国王の腹心として常に侍し、王と宗教裁判長の対決の場面では、事あらば宗教裁判長との刺し違えも辞さぬ――という決意を物陰で示しているところなど、隅々まで神経を行き届かせた演出だと感心させられたものだ。ちなみにその時、レルマ伯爵を好演していたのは、ジョン・健・ヌッツォだった。
 

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