2017-11

9・3(木)飯守泰次郎指揮の「ワルキューレ」第3幕演奏会形式上演
(Bunkamura 20周年記念 ワーグナー・ガラ・コンサート)

  オーチャードホール

  ヴォータンに予定されていたアラン・タイトゥスは「喉頭炎による発熱」で来日しなかった。1週間前にバイロイトで聴いた「マイスタージンガー」のハンス・ザックス役では、第3幕の後半、突然声にも表情にも精彩を失い、明らかに疲れを感じさせていたのは事実である。ただ、それと今回の来日中止とが結びつくのかどうかは、私には判らない。

 代わりに来てヴォータンを歌ったのは、ラルフ・ルーカスだった。今年のバイロイトでは、「トリスタン」のメーロトと、「ラインの黄金」のドンナーと、「神々の黄昏」のグンターを歌っていた。このうち初めの2役はチョイ役だが、グンターはかなり力のある表現だったので、印象に残っている。
 先週金曜日にメーロト役でバイロイトの舞台を終えて来日(もしかして一緒の飛行機だったのかな?!)、ただちにリハーサルに臨み、暗譜でヴォータンを歌ったというから、すでに経験豊富な証拠である。極めて歯切れのいい、リズム感の明晰な、明快な発音の歌唱をする人で、すこぶる好感が持てる。
 演奏会形式ながら付随させた簡単な演技も実に感情豊かで、解りやすいものであった。「この炎を越えてはならぬ」のあと、壮大に高鳴る「ジークフリートの動機」のあいだ、腕を高く上げたまま立ち、言葉の意味を聴衆に印象づけようとする演技も、またゆっくりと退場しつつ、「運命の動機」とともに後ろ髪引かれるように立ち止まり振り向くといった演技も――。

 ちなみにこの演技は、彼が自分で考えて行なったものの由(タイトゥスだったら、ここまではやらないだろう)。それを見て、今夜の他の日本人歌手たちも、それぞれ自分なりに考えて演技を行なったとか。
 とにかく今回、彼がヴォータンを歌ったことは、公演としても大成功だったと思う。ブリュンヒルデを歌ったキャスリン・フォスターの表情不足を補って余りあるものであった。

 他に、ジークリンデの増田のり子がよく通る声の歌唱で、今後が楽しみ。ワルキューレたち(江口順子、渡海千津子他)はいずれも先日の二期会の「ワルキューレ」に出演経験のある人たちで、轟々と鳴るオケに対しては分が悪いが、精一杯健闘していた。歌手全員が暗譜、プロンプターなしの歌唱。

 しかし、今夜の最大のスターは、やはり何といっても――これも全て暗譜で指揮した――飯守泰次郎であった。この人のワーグナーは、天下一品の趣きがある。
 プログラムの前半で演奏された「タンホイザー」序曲と「トリスタンとイゾルデ」の「前奏曲と愛の死」では、極度に遅いテンポをオーケストラが保ちきれないきらいもあったが、「ワルキューレ」では一転して緊迫感と情感に富む演奏が繰り広げられた。第3幕前半の嵐のようなテンポと、後半の引き締められたテンポとの対比も、見事といっていい。これでこそ、この場面の悲劇は、完璧に成立するのだから。
 彼のワーグナーにおけるオーケストラの鳴らし方は、本当に巧い。「魔の炎の音楽」の部分で、弦のゆらめきをもう少し強く出せば炎の拡がりの感じが出ると思うが、全体に「ワーグナーの音」になっていたことは紛れもない。

 東京フィルも、新国立劇場のピットにいる時とは別の団体のような豊麗な音を響かせた。「ワルキューレ」で、ある低音の金管が1小節早く飛び出したなんてこともあったけれど、歌手の声を浮き上らせるよう巧く響きのバランスをとるところなど、オペラを心得た演奏と言っていい。
 ここまでお出来になるのだから、いつもピットでこのような演奏をしてくだされば、東京国立歌劇場管弦楽団としても万々歳なのでありますが・・・・。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/555-d0420326
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

カテゴリー

全記事表示

全ての記事を表示する

RSSフィード

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」