2019-05

8・20(木) バイロイト音楽祭
ワーグナー: 「ニーベルングの指環」序夜「ラインの黄金」

     バイロイト祝祭劇場

 3年ぶりのバイロイト。雲一つない晴天は結構だが、猛烈に暑い。冷房のない祝祭劇場の中は蒸し風呂状態だ。ワグネリアンたるもの、それを覚悟でこの「聖地」に巡礼せねばならぬ――というのが、昔からの「天の声」らしい。誰も表立っては文句を言わない。

 「指環」は、2006年のプレミエの年に観て以来。
 指揮はもちろん同じくクリスティアン・ティーレマン。彼はますますカリスマ的な物凄さを発揮しているようだ。カーテンコールに出てきた時も、気のせいか、何か怪物的な雰囲気を漂わせるようになった。
 演奏も、プレミエ時より更に深みを増した。オーケストラは一層しなやかになり、響きにも均整が備わって、この曲から思いもよらぬほどの陰翳とロマンティシズムを引き出す。
 ローゲが「女の愛に比するものはこの世にない」と語るくだりは、この「ラインの黄金」の中で唯一叙情的な音楽がオーケストラに現われる個所だが、そこでのティーレマンの指揮はまさに甘美で、エロティックな趣を一杯にあふれさせる。これほど陶酔に浸るような音楽を創れる指揮者は、今日では彼を措いて他に例を見ないだろう。

 演出(タンクレード・ドルスト)と、舞台装置(フランク・フィリップ・シュレスマン)の主旨は、プレミエ時とほとんど変っていない。
 ライン河底の幻想的な場面――上手奥から手前に向け湾曲して設置されている大きな川底の石群、それに反射して流れを表わす光の美しい効果、位置は動かないが身振りは大きい乙女たち、アルベリヒの妄想として出現する女たちやその映像――だけが、他の3つの場と切り離された異質な光景だ。多分これは、「清きラインの河底」なるものを、その後に続く人間界の光景と異なるものとして強調したということだろう。

 「山上の場面」は、工事中の看板、街灯、ゴミ箱、落書きで埋められた壁など、雑多で薄汚い現代のコンクリートの河岸に変更されている。「地下のニーベルハイムの場」は工場の地下室で、壁の一部が割れるとニーベルハイムの穴蔵が見えて来る。
 こういう場面の中に神々や巨人族、ニーベルハイム族などが登場するわけだが、そのほか、前者には落書きの様子をカメラでチェックして巡回する監視員や、「ファーフナーとファーゾルトごっこ」をして遊ぶ子供たちが、また後者には電源をチェックする係員といった「現代人」が時折姿を見せる。

 かように、舞台は現代の日常の世界であり、ここに普通の人間には見えぬ神々や妖怪が活動しており、純粋な心を持った少年のみがそれを見たり感じたりすることが出来る――というのが、この演出コンセプトだ。つまり我々が幼い頃に想像したような超自然的な世界が、本当に繰り広げられていることになる。子供の心を失わない者にとっては、これは、実にワクワクするようなアイディアと言えよう。

 しかし、それを舞台に具象化する手法がどうも未整理で、取ってつけたような感がある――というのがプレミエ時の印象であった。それは4年目になる今夏の上演でも、大して改善されていないようだ。ドルストは、これで充分だと考えているのだろう。
 場面転換の際には常に幕を下ろしてしまい、面白味を半減させているのも前回と同じ。演技の面においては、オリジナルのト書きに非常に忠実である。

 ただし大詰めの場では、神々がコンクリートの堤防上から奥の階段を降りて行った後、後景の「ヴァルハラ城」(映像)へ向かって階段を上って行く設定になっていた。これはたしか、プレミエ時にはなかったような気がする。今回の方が解りやすいだろう。

 歌手陣。ヴォータンはアルベルト・ドーメン。プレミエの時のファルク・シュトルックマンのような個性と強靭な馬力には不足するが、歌唱はしっかりしており、まず平均的で安定したヴォータンであろう。
 アルベリヒのアンドルー・ショアは、プレミエ時と比べ、格段の巧味を増した。ファーゾルトのクヮンチュル・ユンも進歩著しい。ローゲのアルノルト・ベズイエンは狡猾な雰囲気においてはさほど進歩が見られないものの、歌唱の点では、以前より少しは表情が濃くなったか。だが、このローゲ役がもっと強烈な個性を発揮してくれないと、このオペラは引き締まらないのだ。
 他に、ミーメをヴォルフガンク・シュミット、フリッカをミケーレ・ブリートなど。

 結局、今回もプレミエ時と同様、一にティーレマン、二にティーレマン、三、四がなくて、五が・・・・といった「指環」になりそうだ。プレミエの年に観た時ほどは舞台に欠点を感じなかったが、それはこちらが演出コンセプトを理解した過程で生まれた「同情により得られたもの」の所為かもしれない。

「グランド・オペラ」2009年秋号

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