2020-04

6・30(火)佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ「カルメン」

    兵庫県立芸術文化センター (マチネー 2時)

 品川から午前10時頃の新幹線に乗り、JRと阪急(特急)を乗り継げば、午後1時ちょっと過ぎには西宮北口駅の南口にある兵庫県立芸術文化センターに着く。
 駅からホールに続く回廊では「カルメン」の前奏曲がスピーカーから流れ、「〈佐渡さん人形〉はいかがですか」と女性が呼びかける売店の前には人だかり。この人形は指揮台の底を押すと動く仕掛けになっていて、1個千円、ポスターに「くねくね、さどやん」と書いてあるあたり、いかにも関西のノリだ。聞けば、これもご本人のプロデュースの由。

 6月25日に幕を開けたこの「カルメン」、西宮で9回、東京で4回、名古屋で2回という具合に、7月26日まで続く。西宮の公演は「初日と2日目は10枚くらい残っていたが、あとは完売」だそうだ。相変わらず物凄い人気である。
 また西宮公演は、2回を除きすべてマチネーで、これがかえって集客を盛んにしていると主催者側は言う。今日の公演も補助席が出ての満席。立錐の余地もない盛況だ。

 演出は、ポネルとの共同作業も手がけ、最近はシャンゼリゼ劇場で多く仕事をしているジャン=ルイ・マルティノーティ。舞台美術はワーグナー・ファンにはおなじみのハンス・シャヴェルノホ(シャヴァーノッホと呼ばれることも多いが)。
 中間2幕では巨大鏡と映像を効果的に使用して観客のイメージを拡げ、特に第3幕では紗幕を利用して、密輸業者たちの場面と、山中へやって来るエスカミッロやミカエラ及び案内人の姿とを交互に浮かび上がらせるところは、アイディアだろう。

 第1幕は前奏曲の途中から幕が開き、ドン・ホセの処刑場面で開始される。ベルリンでのクシェイ演出と同じ手法だが、ただ今回は、このモティーフがその後も展開されるというわけではない。
 第1幕では群集(二期会合唱団、ひょうごプロデュースオペラ合唱団、同児童合唱団)の演技が――一所懸命やっているのは確かだが――どうも野暮ったく作為めいており、演出の手法にも新鮮さが感じられないこともあって、何とも平板に過ぎた。全員の演技のかみ合わせにも「隙間」が多いのである。
 これは当然、演出家の責任だ。

 しかし、第2幕の「ジプシーの歌」がホセの牢獄場面とダブらせた幻想的なシーンに設定され、そして現代のナイトクラブ風のリリアス・パスティアの酒場の場面に変わるといったくだりから、舞台は漸く活気づいて来る。
 特に酒場の主人(ジャン=ガブリエル・デュピイ)がなかなかに芝居巧者なので、ドラマとしても面白くなる。何によらずこういう脇役がしっかりしていると、舞台がピンと引き締まるのである。

 カルメンを含むジプシー5人の五重唱を、この主人を加え、ちょっとミュージカル風の「舞踊芝居」に仕立てたところなど(ピーター・セラーズがモーツァルトのオペラで昔使ったテではあるが)曲想に合ったコミカルな気分転換手法として面白い。
 それに、エスカミッロ(ジャン=フランソワ・ラポワント)が、また実に闘牛士らしい姿勢と明朗な歌唱で、すこぶるカッコいいのである。

 カルメン(ステラ・グリゴリアン)も愛らしく、歌唱も明快だ。いわゆる妖艶タイプとは異なるので派手さはないが、佐渡プロデューサーが狙った「性悪女でない、明るく華やかで魅力的な女性」を充分に具現しているだろう。カルメンという複雑な性格を持つ女性の解釈の一つとして、これは興味深いものである。
 これで肝心のドン・ホセ(ルカ・ロンバルド)が、もっとニュアンスの細かい演技と歌い方をしてくれていれば、彼の単純な性格を強調するにしろ、激情に流されやすい気質を表わすにしろ、ドラマがもっと雄弁なものになるはずなのだが――今後の上演で改善できるだろうか。

 第3幕で、ホセとエスカミッロの決闘のシーンがノーカットで演奏されたのには、わが意を得たり、の思いだ。
 もともとこの決闘は長く、音楽も結構ドラマティックなのである。最初の立ち合いではエスカミッロが勝ち、次にはホセが彼の隙を衝いて勝つ。それからカルメンたちが割って入る。これがちゃんと描かれていないと、あとでエスカミッロが「勝負は互角だな」などと大見得を切ることの説明がつかないからである。

 これらを含め、今回の上演はアルコア版を基本とし、そのセリフとギロー編のレシタティーフとをミックスさせた折衷版とでもいうべきものになっている。この選択は概して成功しているだろう。セリフのカットはあるけれど、それは上演時間の問題もあるので致し方ない。

 第4幕では、ここでも群集の動きがまだ練れていないので、むしろ前半では後景で行なわれているエスカミッロの身支度や、マリア像に向かって祈る所作、それに彼に親密に付き添うカルメンがカードの占いを繰り返しては暗い顔をしている姿との対比を見ていた方が面白い。
 群衆が闘牛場の中へ去ったあとも彼女が独り占いを続け、スペードのエースが出た瞬間に「あんたね?」と、ホセの方を見向きもせずに言うくだりの、それが伏線となっているわけだろう。

 メルセデスはソフィー・ポンジクリス、フラスキータを菊地美奈。いずれも好演だが、後者は演技にもう少し肩の力を抜いた方がいいような印象。小原啓楼(レメンダード)と加賀清孝(ダンカイロ)は、もっと演技を工夫されたい。与那城敬(モラレス)は舞台姿も充分だが、今日はなぜかあまり声が伸びなかったか? 
 パワーが充分だったのは、斉木健詞(スニガ)だ。凄味のある声で横柄な上官をよく表現していた。スニガは第2幕最後で殺されるが、最近はこうする演出が多い。

 オーケストラはもちろん兵庫芸術文化センター管弦楽団。佐渡の個性を反映して冒頭の前奏曲から豪勢な演奏を繰り広げた。フルートのソロ(第3幕前奏曲)などはもっと頑張ってもらわなくてはなるまいが、エスカミッロがホセに「あいつ(カルメン)には脱走した兵隊の情人がいたそうだ」と自慢げに噂する個所の木管の演奏には、きわめて美しいものがあった。

 圧倒的に中年女性客の多い客席は、拍手はおとなしいが、みんな愉しんでいたようだ。人気指揮者が人気オペラを制作し指揮することによって、阪神間・兵庫県でオペラがおなじみの「娯楽」になって行くのなら、目出度いことである。
 このシリーズ、暮に「ヘンゼルとグレーテル」、来年夏に「キャンディード」(シャトレ座版、ロバート・カーセン演出)が続くという。
 2幕ずつ続けて演奏され、5時20分終演。新大阪6時37分の新幹線で帰京。
 

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