2017-08

6・24(水)ボリショイ・オペラ 
チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」

   東京文化会館大ホール
 
 近年、日の出の勢いにあるドミトリー・チェルニャコフの演出。
 以前マリインスキー劇場で観た「皇帝に捧げし命」はなかなかに才気あふれる演出だったが、ベルリン州立歌劇場での「ボリス・ゴドゥノフ」があまりに騒々しい舞台だったので、今回はどうかなと一抹の不安も抱いて出かけた次第。
 しかし出来栄えはどうして、実によく考慮された舞台であった。オリジナルを若干変えてはいるが、話の辻褄は完璧に合っている。演出上のバランスの良さでは、コンヴィチュニーのそれを大きく上回るだろう。チェルニャコフも成長したものである。

 全篇を通じて、大きなテーブルのある現代の大広間が舞台となっており、人々は実によく飲み、よく食べる(双眼鏡で見たら、本物のケーキを食べていた)。オネーギンが歓待されたり、冷たく疎外されたりする模様が、この会食の客たちによって明快に描かれている。
 オリジナルではラーリン家の集いで長々と祝賀の歌を歌うトリケの役を、今回は何とレンスキーが余興として演じるという設定になっているのが面白い。
 またオネーギンは第2幕冒頭でタチヤーナに花と命名祝いの品を贈ろうとするのだが、彼に振られた余波の残る彼女の怒りの表情に遭い、不貞腐れて帰ろうとする。これがのちにオリガを踊りに誘ってレンスキーを怒らせる伏線となるわけだ。このあたりのもろもろの伏線を描く演技と顔の表情が、非常に細かく設定されているのがいい。

 演出上の最大のユニークなアイディアは、レンスキーの怒りに対し人々が「いまどき〈決闘〉なんて、あいつは冗談を言っているのだろう」と、誰一人本気にせず、ゲームか余興として芝居に協力したりしているうちに、いつの間にかそれが冗談ではなくなるというストーリーになって行くくだり。
 時を現代に置き換えての設定となれば、そもそもピストルで決闘するなどという話はありえないのだから、この読み替えは筋が通っている。

 それゆえレンスキーの辞世のアリアは、彼が詩人であるがゆえに、単なる詩としてしか周囲の人々には受け取られない。
 「決闘」も、レンスキーから投げ渡された猟銃(?)をオネーギンが「馬鹿をやるんじゃない」とばかり突き返し、これが争いに発展するうちに銃が暴発してレンスキーが死んでしまう、という設定である。友人同士の諍いのこのような展開は、たしかに一つの解釈であろう。
 原作でもオペラでも、オネーギンというキャラクターが複雑さを極めるものだけに、それこそ千変万化の解釈や読み替えが可能になる。それが面白いところだ。

 オネーギンにはウラジスラフ・スリムスキー。怒ったキューピーみたいな顔立ちなので、ちょっとコミカルに見えるのが問題か。タチヤーナはタチヤーナ・モノガローワ、レンスキーにアンドレイ・ドゥナーエフ。3人とも若い世代だ。安定した歌唱という点では未だしの感があるが、フレッシュなところはいい。

 指揮は、劇場音楽監督のアレクサンドル・ヴェデルニコフ。10年前の内紛で傾きかけていたボリショイ劇場の音楽水準を、よくぞここまで復調させたものである。
 彼が就任した直後、新日本フィルに客演するために来日した際に話を聞いたことがあるが、就任の経緯について、彼はこう語っていた――打診が来た時、「火中の栗を拾う」ことに躊躇し、迷いに迷ったあげく、有名な音楽家(バス歌手・指揮者)だった同名の父に相談したそうだ。すると、父は次のように答えたという。

 「お前は断りたいのだろう。当然だ。だれでもそう思う。断るのは簡単だ。だが、お前が齢をとってから、もしもあの時引き受けていれば、伝統あるボリショイ劇場を自分が建て直すという名誉を担うことができたかもしれないのに――と後悔することはあるかもしれんぞ。そういうこともよく考えて、お前が自分自身で決めればいい。わしがお前に言うことはそれだけだ」。
 これでヴェデルニコフは、ボリショイ劇場音楽監督を引き受けようと決心したのだという。

 今回の上演は2部構成。第1部として、通常の第1幕と第2幕――計120分が、切れ目なしに上演された。これはチト長い。しかし、退屈させられることは無かった。

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