2017-06

6・21(日)ボリショイ・オペラ チャイコフスキー「スペードの女王」

   NHKホール(マチネー)

 一にガルージン、二にガルージン、三、四がなくて、五がプレトニョフ。

 と言ってしまっては極端すぎるかもしれないが、この上演を印象的にしたのは、やはり第一には、士官ゲルマンを歌ったウラジーミル・ガルージンの存在であろう。陰翳の濃い、悲劇的なニュアンスにあふれた歌唱がすばらしい。

 彼のゲルマンを聴くのは、これが4度目か、5度目か。最初は1992年暮のマリインスキー劇場でだった。彼がゲルマンを初めて歌った頃である。
 2度目が1999年夏、これもマリインスキー劇場での白夜祭公演だった。声の張りという点では、その頃が絶頂だったであろう。最近はやや太めの声に変わって来たようにも感じられるが、その代わり、表現の上で格段に巧味を増している。
 演技も相変わらず見事で、恋に思いつめた暗い貧乏士官から、必勝カードの秘密を老伯爵夫人から聞き出すのに成功して賭け事に狂う男へと変貌して行く表情には、まさに鬼気迫るものがある。薄笑いを浮かべつつ賭博場に「行進」して行く一連の演技など、実に不気味であった。おそらくこのゲルマンを歌い演じて今日、彼の右に出るテノールはいないと思われるほどである。

 指揮はミハイル・プレトニョフ。前半では意外なほど音楽を抑制しておいて、最後の賭け事の場面に全曲のクライマックスを置く、というやり方だ。このオペラには、嵐の場面、伯爵夫人の死の場面のあとの幕切れ場面、リーザの死の場面など、管弦楽が劇的に高鳴る個所が少なくないのだが、それらが予想外に抑えられていたので――プレトニョフはこのオペラの叙情面にのみ重きを置いているのかと、勘違いしたほどだった。

 歌手陣で、さすがの貫禄を示していたのは、何といっても老伯爵夫人役のエレーナ・オブラスツォワ。杖を突きながらも背筋をピンと伸ばし、周囲を威圧する風格と迫力の演技は、69歳の底力だ。リーザ役のエレーナ・ポポフスカヤもこれからが楽しみである。

 演出はワレリー・フォーキン、舞台美術はアレクサンドル・ボロフスキー、照明はダミール・イズマギロフ。上下2層の舞台、白と黒の対比によるシルエットも、冷徹ながら美しい。
 面白かったのは賭博場の光景。テーブルやカードは一切無く、登場人物の動きによって賭博のイメージが完璧に描かれる。同じくこの場では、ゲルマンを嘲笑する伯爵夫人の亡霊として、肖像画に描かれている「モスクワのヴィーナス」の貴婦人を3人登場させていた(これは既に伯爵夫人の部屋の場で観客の目に触れさせていた)。ドラマの説明としては、筋が通っているだろう。
 ちなみにフォーキン自身によれば、2層の舞台の「下」は、「上」で起きていることの反映を意味する、ということだが、そう言われればそうかな、という程度。

コメント

東條先生。ご無沙汰していました。プレトニョフは以前にコンサートを聴いた時やたらと大きな音を出す、味も素っ気もない指揮者だと思っておりました。今回はあまり期待せずに行ったのですが、予想外によかったですね、歌手も演出も満足できました。この「スペードの女王」は昨秋NYで小澤の指揮で観ましたが、その時よりも上出来でした。

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