2020-04

6・18(木)沼尻竜典指揮大阪センチュリー交響楽団
ショスタコーヴィチ 交響曲第11番「1905年」

    ザ・シンフォニーホール(大阪)

 大阪センチュリー響と首席客演指揮者・沼尻竜典のコンビによる演奏は、昨年びわ湖ホールで「ばらの騎士」や「サロメ」を聴いた時にも、その劇的表情の多彩さと、柔らかく拡がる響きの見事さに感嘆させられたものだった。
 そこで今回は、彼らがザ・シンフォニーホールで演奏するショスタコーヴィチの交響曲第11番「1905年」がどんなものになるだろうかという期待を抱いて、大阪まで足を運ぶ。

 プログラム前半はグリーグの「ピアノ協奏曲」。
 ウズベキスタン生れで93年ミュンヘン国際コンクール優勝のアンナ・マリコヴァ(マリコーワ?)がソリストとして登場。容姿から来る印象と同じようにヒューマンな温かい音楽を聴かせる人で、久しぶりに叙情的なグリーグを味わえたという感。
 この曲での弦は美しかった。沼尻は遅めのテンポでじっくり(過ぎるほどに?)付けていたが、これはそのあとのショスタコーヴィチでの大爆裂との対比のつもりもあったか?

 「1905年」は、彼の獅子奮迅の指揮と、オーケストラの渾身の演奏で、すこぶる聴き応えのある音楽になった。
 第1楽章(宮殿前の広場)での延々と続く弱音など、下手に演奏された場合には――非常に長く、なかなか本題に入って行かない冗長なものに聞こえてしまうこともあるのだが、今日は音楽が終始明確な形を保って演奏されていたため、悲劇の前の緊張感も的確に描かれていたように思う。

 殺戮を描く第2楽章での打楽器群にも、単なる大音響にとどまらない凄惨な雰囲気を感じさせていた。フィナーレでの弦楽器の鋭いリズム感は殊更印象的で、12型という編成――この交響曲の演奏としては小編成だろう――を逆手に取った鮮烈な効果を生んだ。

 細かいところでは不満がなくもない――たとえば、第1楽章でのトランペットのファンファーレはもう少し遠くから聞こえてくるようなイメージが出るべきではないか? 
 また第4楽章終わり近くの長いイングリッシュ・ホルンのソロは、もっと各部分が繋がるようなイメージで、全体を一連の大きな起伏として吹いた方が、切々たる哀悼の歌としての深い情感が生きるはず。背景のホルンやハープとの溶け合いも不可欠だろう。

 ちなみにこの第4楽章の個所は、私がこれまで聴いた演奏の中では、デプリーストと東京都響のそれが最も感動的だった。あの時の演奏で、イングリッシュ・ホルンの歌が徐々に高音域に上昇して行き、背景のホルンとハープの響きと陶酔的に溶け合い、第164小節にいたって安息感を生み出した瞬間には、ショスタコーヴィチがこの作品にこめた万感の想いがすべて語りつくされたようにさえ感じられたのである。

 そうは言っても全体としては今日の演奏、充実したものだったと言ってよい。
大阪センチュリー響にとってショスタコーヴィチの後期の交響曲を演奏したのは今回が初めてだったと聞くが、レパートリーの拡大は歓迎すべきことだ。お客さんの入りも8割くらいには達していただろうか。拍手とブラヴォーも大きかった。

コメント

11番は4度目のナマですがこの曲などライブでないと聞いたことにならないと思います。東京から先生の姿を拝見していました。さすがです。楷書のオーケストラと夜叉のような指揮者の組み合わせ。オケの編成が小ぶりでしたが良く盛り上がりました。1楽章のtpのソロは少し余裕がほしいですが。終曲部の鐘の余韻を残すやり方はロストロポーヴィチを踏襲しているのでしょうが、そのまま早く終わらせるほうがいいのではとも思いました。久しぶりにブラーヴォーを言いました。沼尻/大フィルで再度この曲を聴きたいものです。

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