2019-08

3・19(木)東京シティ・フィル定期 鈴木雅明の客演指揮

   東京オペラシティコンサートホール

 ヘンデル(没後250年)の「合奏協奏曲作品6-6」、ハイドン(没後200年)の「交響曲第90番」、メンデルスゾーン(生誕200年)の交響曲第4番「イタリア」というプログラムが組まれた今日の定期。
 すこぶる勢いのよい、闊達な演奏が繰り広げられた。あまり大きくない――つまりほぼ正規の団員数による編成でかっちりと演奏した時の方が、このシティ・フィルの長所が味わえるのではなかろうか。

 小編成ながらたっぷりとした響き、爽やかな音色で演奏されたヘンデルは快い。ハイドンは、強打のティンパニを低音の重心に、やや響きは重いが引き締まった演奏だ。
 そしてメンデルスゾーンでは流麗さが加えられ、途切れないエネルギーが突進する。特に第1楽章冒頭の木管群による刻みが颯爽として、解放的な美しさにあふれていたのが強い印象を残す。
 かように、3つの作品それぞれの個性を強く打ち出した鈴木雅明の解釈がいい。オーケストラの多彩な表現力も聴きものだった。東京シティ・フィルは、この東京オペラシティコンサートホールのアコースティックを完全に手中に収めているようである。

 なお「90番」のフィナーレでの、ハイドンの面目躍如たるイタズラ趣向個所の演出は、今回は以下の通り。
 曲が完全終止すると、指揮者は客席を向いて一礼、オーケストラを放り出してさっさと袖に引っ込む。客席はつられて万雷の拍手。ややあって、何をやっているんだという表情でコンサートマスターとオーボエが立ち上がり、指揮者の去った下手側の袖を向き、まだ全曲が終っていないのだから戻って来い、とばかり、主題の一部を響かせる(オーボエが主題のリズムを、ちょっと哀願するような調子で「合図」のように吹いたアイディアがいい)。事情を知っている聴衆の笑い声と、不審がる人々のざわめきの中、指揮者が慌てた様子でドタバタとすっ飛んで来て、再び指揮台に飛び上がり、曲の最後の部分を演奏する――という仕組み。
 日本の演奏家がこういうギャグをやると、何か臭くなることが多いのだが、今日のは比較的よくできていた。
 (1曲目から、1階席後方でフライング気味のけたたましい拍手をする人がいたが、気の毒にこの曲でちょっとメンツを失ったのでは? もっとも、あそこで拍手が起こらなければシラケル結果になったろうから、彼の功績はむしろ大か?)

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