2019-07

3・12(木)新国立劇場オペラ研修所公演
プーランク:「カルメル会修道女の対話」

   新国立劇場中劇場

 星の数ほどあるオペラの中でも、このくらい気の滅入るラストシーンを持つものはちょっと無いだろう。

 フランス革命直後の恐怖政治の時代、死刑を宣告されたカルメル会の修道女たちが、ギロチン(断頭台)のぞっとするような音の中で処刑されて行く。「サルヴェ・レジーナ」を歌う修道女たちの声が次第に少なく、小さくなり、やがて歌声は全く消え、舞台は死の静寂に覆われる――。
 この他にも第1幕大詰に、病の床にあった修道院長マダム・ド・クロワッシーが、修道女でありながら死の恐怖に錯乱しつつ息を引き取るという凄愴な光景もある。いずれもなぜか単なる娯楽として見ることができず、つい感情移入させられてしまうのだが、それはやはり、ドラマ全体を覆うプーランクの暗い不気味な音楽の力のせいでもあろう。

 今回はロベール・フォルチューヌの演出、クリストフ・ヴァローの舞台美術、ジェローム・カルタンバックの指揮――という具合に、フランス勢の指導による上演だった。
 舞台は簡略化されたもので、わずかな大道具だけが使用されていた。制作費用をかけられないからには、これで充分だろう。
 最後の場面は、断頭台などは出現せず、青白い光が当てられた舞台で修道女たちが一人ずつ倒れて行くという演出である(この手は以前、誰だったかの演出でも観た覚えがある)。

 こういうオペラを、研修所の若手歌手たちが、実によくやった。ブランシェ役の木村眞理子、コンスタンス役の山口清子、マダム・マリー役の塩崎めぐみ、その他若手たちの敢闘的な熱演を讃えたい。
 演技が予想外に良いのにも感心したが、フォルチューヌの功績は大だろうと思う。とにかく、最後は本当にドラマとして気の滅入る思いにさせられたのだから、良く出来ていた証拠である。不満だったら、気は滅入らず、むしろ切歯扼腕するだろう。
 ただし、ジェローム・カルタンバックが指揮する東京ニューシティ管弦楽団には、もっとしなやかな音楽を求めたいところであった。

 これはこれとして、私は11年前のサイトウ・キネン・フェスティバル松本で上演された「カルメル会修道女の対話」(小澤征爾指揮)の舞台を思い出す。フランチェスカ・ザンベロ演出、ヒルデガルト・ベヒトラーの装置だったが、あれは今にして思えば、なかなか「怖い」舞台だった。
 修道院長のフェリシティ・パルマーの鬼気迫る演技も凄かったし、ラストシーンでは断頭台を象徴する巨大な壁のようなものが中央に直立、修道女たちがその陰に一人ずつ入って行くと、ギロチンの刃が滑り落ちる轟音が響く――という演出も迫力充分だった。最初の大音響が聞こえた時、私の前に座っていた女性の観客が飛び上がったのを記憶している。処刑される修道女の姿が客席からは見えないだけに、不気味さもひとしおだったのである。

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