2019-06

2・8(日)「ダイドーとイニーアス」他

    横須賀芸術劇場 マチネー

 京浜急行汐入駅前にある横須賀芸術劇場は、歌劇場スタイルの馬蹄形の客席を持つ、音響的にもなかなか良いホールだ。今日はその開館15周年を記念しての、オペラ2作品の上演。面白かった。
 上演されたのは、彌勒忠史の演出による、モンテヴェルディの「タンクレディとクロリンダの戦い」と、パーセルの「ダイドーとイニーアス(ディドとエネアス)」。

 前者は基本的に歌舞伎のスタイルで、中央で主人公(花柳珠千鶴、求かづき)による舞踊が行なわれ、上手に歌手3人(宮本益光、鈴木慶江、望月哲也)とテオルボ(佐藤亜紀子)、下手に歌舞伎囃子(笛と太鼓)が控えるという舞台構成だ(写真上)。バロック・オーケストラと囃子の響きが不思議にうまくかみ合う。望月が見事な「歌い語り」を聴かせて、舞踊よりもこちらの方が主役という感。

 後者は予想に反して、物語の場所はバリ島(!)に読み替えられた(写真下)。
 登場人物たちの東南アジア風衣装、所作、悪(魔女)の仮面などが極めて新鮮なイメージを生み出し、舞台を多彩にエキゾティックに、退屈させずに見せていた。林美智子(ダイドー、魔女)、國光ともこ(ベリンダ)、際立って朗々たる声の与那城敬(イニーアス、水夫)らが登場。横須賀芸術劇場合唱団もなかなかの熱演である。

 いずれの作品においてもそうだったが、やはりみんな、(西洋人でなく)東洋人の格好をした方が美しく可愛く、ずっとサマになる。

 彌勒の「演出ノート」によれば、オペラの誕生と歌舞伎の誕生とが同じ1600年であったこと、初期のオペラの声楽様式(歌い語り)と日本の「語り物」との共通点に着目したこと――これが「タンクレディとクロリンダの戦い」の演出への発想になったという。
 一方「ダイドーとイニーアス」では、ダイドー役が魔女役をも受け持つなどの善悪相反するキャラクターを演じる手法(これ自体はよくある方法だが)を、「善と悪とがあってこそ、この世は成立する」というバリ・ヒンズーの世界観と結びつけた――と説明している。これらの発想は、すこぶる興味深い。

 泰西オペラを他国のスタイルに読み替えたものは、ゲルギエフが試みた「スキタイ風ニーベルングの指環」、市川猿之助演出の「影のない女」、市川右近らが演出した「撤羅米(サロメ)」、その他いろいろ面白いのがあったが、更にもっと多くの試みが行なわれていいのではないか。

 以前、若杉弘氏から聞いた話だが、ルドルフ・ゼルナーが二期会の「ラインの黄金」を観た時に、「実によくやっている。しかし、なぜ舞台面でヨーロッパの真似をするのだ。日本には文楽、能、歌舞伎などすばらしい舞台があるではないか。なぜその手法を取り入れないのだ。自分もオルフの作品を演出した時、それらを取り入れてみたいと研究したほどなのに」と言っていたそうである。
 またヴォルフガンク・ワーグナーも、二期会の「ジークフリート」を観て、「これは日本スタイルの舞台としてやっても成立するはずだよ。私にテクニックがあったら、ぜひやってみたいところだな」と言ったということだ。

 なおオーケストラは、江崎浩司指揮のトロヴァトーリ・レヴァンティ。演奏は良かったが、オペラに先立って冒頭に演奏された江崎自身の作「スカジャン」(横須賀ジャンパー)なる曲は、言っちゃあ何だが、見事につまらなかった。

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撮影:今津勝幸氏  写真提供:横須賀芸術劇場



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