2021-06

2021・5・27(木)ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団

     ミューザ川崎シンフォニーホール  6時30分

 「特別演奏会」として行われた今日の公演、音楽監督ノットと児玉麻里(pf)は予定通り登場したが、プログラムは当初予定のリゲティの「ラミフィケーション」、ベルクの「室内協奏曲」、ブルックナーの「第6交響曲」━━から大幅に変更となり、ベルクの同曲とマーラーの「巨人」というものになった。
 ベルクでのもう一人のソリストはグレブ・ニキティン、「巨人」でのコンサートマスターは水谷晃。

 ベルクの協奏曲は、ソロ楽器2つと13管楽器のための長大な(40分ほど)曲で、かなり手の混んだ作品だが、私はどうも昔からこの曲が苦手である。今回は、児玉麻里のピアノがその気分を和らげてくれた、とだけ書いておくことにする。

 「巨人」の方は、ノットがこの曲をどう新味を持たせて展開してくれるか、というところに興味があったが、こちらは嬉しいことに、予想を遥かに超える演奏内容となった。鮮烈な演奏━━と称していいかもしれない。
 遅めのテンポを採ったノットの指揮は、非常に表情が濃く、細部に至るまで神経を行き届かせる念入りな構築に徹していたが、それよりも最大の特徴は、私がこれまでこの曲の演奏で聴いたことがないほどの、巨大なうねりのようなものが音楽全体にあふれていたことだったと思う。第4楽章半ばにある短いクレッシェンドの個所など、まるで深淵から不気味なものが湧き上がって来るようなイメージをさえ生んでいたのである。

 これまでのノットは、マーラーの交響曲を指揮する際に、こういう濃厚なアプローチは一切採っていなかった。彼が変貌したのか、それともこの曲に対してのみこのような姿勢を取ったのかは一概に断言できないが、いずれにせよ興味深く、面白いものだった。

 カーテンコールでノットは、オケと客席に向かい、「I’m home」と書いた布幕を掲げて見せた。多くの聴衆が、いっせいにスタンディング・オヴェーションでこれに応じた。

コメント

堪能いたしました。

22日の東京オペラシティでのマーラー4番にも共通しますが、テンポ設定は目まぐるしく変化し、一つ一つのフレーズに絶妙なルバートや独特なアクセント・強調が加えられ、とても雄弁というか、濃厚というか、やりたいことをすべてやり切ったという感じの演奏でした。

「巨人」の冒頭、フラジオレットの入りのところで電子機器の人工音声のような音が流れ、指揮者が演奏をやめて振りなおすというアクシデントがありましたが、それを引きずることのない名演となり、ホッといたしました。

コロナ禍いまだ治まらない中、海外からの入国制限による演奏家変更が増えていますが、そのようなケースでは代演者もオケも気合が入った演奏を聴かせてくれるし、一方、何とか来日できて2週間の隔離を経て登場した外国人演奏家には、聴衆から熱烈歓迎の拍手が送られ、やはり熱演を聴かせてくれる。いずれにせよ、有観客で演奏できることの幸せをその場にいるみんなが噛みしめる、とても特別な2時間、スリリング・刺激的な演奏会が増えているように思います。

少し皮肉なことながら、このコロナ禍が演奏家のステージ上での燃焼度を高め、コンサートの満足度をさらに高めている面があるとするならば、それも僥倖と言えるのかもしれません。

辻東響事務局長による「ジョナサン・ノットは諦めが悪い<第2弾>」を期待しております(笑)。

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