2021-06

2021・5・16(日)飯守泰次郎傘寿記念のワーグナー「指環」

      東京文化会館大ホール  2時

 目出度く実現の運びになった飯守泰次郎の傘寿記念、ワーグナーの「ニーベルングの指環」ハイライト演奏会。

 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団が総力を挙げ、海外からはシュテファン・グールド(ジークフリート)、トマシュ・コニェチュニー(アルベリヒ、ヴォータン、グンター)、ダニエラ・ケーラー(ブリュンヒルデ)が参加、国内勢として妻屋秀和(ハーゲン)、高橋淳(ミーメ)、増田のり子(ヴォークリンデ)、金子美香(ヴェルグンデ)、中島郁子(フロスヒルデ)が出演、男声合唱にはワーグナー特別演奏会合唱団が登場して、華やかに開催された。

 演奏されたのは、
 「ラインの黄金」から第1場(ライン河底の場)の全曲と、「神々のヴァルハラ入城」(これは管弦楽のみの演奏会用バージョン)。「ヴァルキューレ」から「ヴァルキューレの騎行」(演奏会版)と「ヴォータンの告別と魔の炎の音楽」。ここまでが第1部。
 次に「ジークフリート」からは、「ジークフリートの鍛冶の歌」、「森のささやき」(演奏会版)、「ヴォータンとジークフリートの対決の場面」(ジークフリートが岩山へ向かう場面転換の音楽の途中まで)、および第3幕第3場(ブリュンヒルデの目覚めの場から幕切れまで)。ここまでが第2部。
 そして「神々の黄昏」からは、「夜明けとジークフリートのラインへの旅」+「第1幕終結の音楽」(演奏会版)、「ホイホー・ハーゲン━━ギービヒ家の合唱」、「第2幕最後の三重唱」、「ジークフリートの回想━━ジークフリートの死━━ジークフリートの葬送行進曲」(葬送行進曲の結尾は演奏会用版)、および「ブリュンヒルデの自己犠牲」。

 ━━というような膨大なプログラムで、30分の休憩2回を含み総計4時間35分と、演奏会としては破天荒なほど長大なものとなった。しかもそのあとには15分ものカーテンコールが続き、その中には飯守への「ハッピー・バースデイ」贈歌も含まれたのである(因みに彼の誕生日は1940年9月30日)。
 客席は50%規制ながら完売の由で、休憩時間のホワイエの盛り上がり、カーテンコールでのほぼ総立ちの大拍手など、コロナ禍の暗い雰囲気を吹き飛ばすような演奏会であった。

 東京シティ・フィルの演奏は、「ラインの黄金」冒頭では硬質で音の溶け合いもなく、甚だ頼りない感があって、これでは折角の飯守の祝祭舞台を傷つけるんじゃないか、とやきもきさせられたが、幸いにもそれは全くの杞憂に終る。「ヴァルハラ入城」あたりから演奏は次第に活気を加え、「ワルキューレの騎行」の大咆哮で緊張は吹っ切れたのか、「ヴォータンの告別と魔の炎の音楽」では飯守特有の大きなクレッシェンドが映えた。

 そして、最初の休憩を挟んだあとの「ジークフリート」における第3幕第3場などは、紛れもなく「ワーグナーの音」に満たされていたのではないかと思う。
 そこでつくられた音楽こそ、飯守がついに到達したワーグナーの世界ではなかったろうか。それは最近流行の乾いて殺伐とした、味も素っ気もないワーグナー演奏ではない。むしろ詩情と情感にあふれ、ヒューマンなあたたかさを持ち、奥深い拡がりを感じさせるワーグナーなのだ(「ドイツ人が謂うロマンティックとは、ヒューマニズムである」と教えてくれたのは、朝比奈隆氏であった)こういうワーグナーをつくれる飯守泰次郎のような指揮者は、今では世界でも稀なる、貴重な存在と言わなければならない。

 シティ・フィルは管のソロに問題を残したとはいえ、弦16型のフル編成によるワーグナーなど、日本での生演奏では滅多に聴けないもので、約半数は応援楽員だったにしても、とにかくシティ・フィルはシティ・フィルである。よくやったと申し上げておきたい。
 なお、コンサートマスターの戸澤哲夫は、20年前に飯守とシティ・フィルが「オーケストラル・オペラ」として「指環」全曲を演奏した時の「戦友」でもある。今回の上演で彼が果たした役割も、きっと大きかったのではないか。

 歌手陣がいずれも好演だったことも、この特別演奏会を成功させる基となった。
 グールドは自ら鉄床を正確なリズムで叩いての熱唱だが、彼のヘルデン・テナーとしての本領はやはりブリュンヒルデとの愛の場面で発揮される。
 ケーラーも勿論その二重唱と、「神々の黄昏」第2幕の「復讐の誓いの場面」および最後の「自己犠牲」で見事な歌唱を聴かせてくれた。彼女のブリュンヒルデは清新で美しく、所謂「ゲルマンの女傑」的でない性格表現であるのも好ましい。

 コニェチュニーは、凄まじい声量でステージを圧した。彼はやはり根っからの悪役型で、いつもながらアルベリヒは見事そのもの(→2010年6月10日エッセン他でも)。が、ヴォータンをやると、どうしてもどぎつい悪玉的表現になってしまうのが問題だ。ただ、その彼がグンターを歌った時には他の2人に合わせて声を抑え、別人のようなニュアンスの歌を聴かせていたのだから、もともと芸域は広い人なのかもしれない。

 ハーゲン役の妻屋秀和は、来日できなかったペーゼンドルファーの代役としての登場。彼はこの役柄としてはびわ湖ホール上演におけると同様、「邪悪なハーゲン」という雰囲気の人ではないが、その代わり表面はあくまで善人ぶった陰謀家としてのハーゲンが表現されていたと言えるかもしれない。
 ただ、オーケストラの大音量との対抗の点では、ハーゲンは、少々損な役回りである。大詰めで一言「指環から手を引け」と叫ぶ個所で「全然聞こえなかった」と文句を言っていた人がいたが、あそこの個所は、歌手とオケが同一平面上にいる限り、どだい無理なところなのだ。

 他に、ミーメ役の高橋淳は、出番は少ないながら、持ち前の歌巧者ぶりを発揮して存在感を示した。ラインの乙女役の増田のり子、金子美香、中島郁子は、開始後すぐの登場とあってちょっと力み過ぎの感もあったものの、好演と言えたであろう。

 飯守泰次郎のワーグナー指揮における集大成の演奏会━━大成功であった。

コメント

マエストロ飯守が20年ほど前にシティフィルと『指輪』を演奏なさった時は、マエストロに鍛えられた成田勝美、緑川まりなどの日本人歌手が主役に起用されていましたが、今回は新国立劇場などで培ったコネクションで、世界の一流を招聘しておられました。
どちらにも感動したのですが、日本でワーグナー一筋に活動されてきた飯守氏でも、この数十年で日本人ワーグナー歌手を育成することは難しかったのでしょうか。
バイロイトなどを通じた世界一流との繋がりは、もちろん誇るべきものではありますが、 今回「飯守ファミリー」と呼べるような、飯守氏が育成した日本人歌手たちがほとんどの主役を歌っていたら、また別の感動があったかもしれないと思いました。

いやいや日本人ワーグナー歌手増えてますよ。世界レベルの日本人ワーグナー歌手、池田香織さんは世界に誇れるワーグナーメゾ〜ソプラノでしょう。
新国立のワルキューレのブリュンヒルデは絶品でしたし、そのときジークリンデ歌った方も世界トップレベルの歌唱だと思いました。
苦肉の策の二人ジークムントも曲を楽しむことができました。二十年前よりは質も量も充実してきたと思います。
それにしても二塚直紀さんが昨年春にこれからというときに急逝されたのはほんとうに残念。
今回の企画はカタリーナの全面的協力を取り付けてるので彼女推しの歌手で主役を固めるということだったのでしょう。

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