2021-06

2021・4・19(月)東京・春・音楽祭 ムーティ指揮「マクベス」

       東京文化会館大ホール  6時30分

 これは掛け値なしに、聴かなきゃソン、という演奏会だったろう。

 リッカルド・ムーティがヴェルディの「マクベス」から引き出した音楽は、実に物凄かった。音楽全体が鋭い。劇的な畳み込みが創り出す起伏感と緊張感は、息をもつかせぬほどだ。イタリア・オペラにおける「魔性」とはこういうのを謂うのかと思わせる演奏である。80歳のムーティがついに到達した音楽の境地とはこれだったのかと、今更ながら感服に堪えぬ思いであった。

 特に今回はオーケストラ━━東京春祭オーケストラ(コンサートマスター長原幸太)が強力で、ムーティの意図をほぼ完璧に生かしていたのではないかと思われる。
 ダンカン王の死体を発見して恐怖に慄くマクダフの場面でのリズムの反復は、かつてのアバドのそれを凌ぐほどの強烈さであり、魔女たちとマクベスの対話の場面でのオーケストラの咆哮の凄まじさは悪魔的でさえある。
 打楽器を激しく叩かせ、オーケストラを怒号させる演奏は、欧州の大歌劇場では珍しくないものの、オケ・ピットの小ぶりな日本の劇場ではこれまで望むべくもなかったものだ。演奏会形式の強みでもあろう。
 もちろん、弱音でのカンタービレの神秘的で美しいニュアンスも、卓越している。

 イタリア・オペラと雖も、オーケストラは単なる歌の伴奏者ではない━━それ自体が雄弁な語り手である。それを実証した演奏だったのだ。

 コーラス(イタリア・オペラ・アカデミー合唱団)も同様だった。特に魔女たちの声を受け持つ女声合唱は、見事な表現力を示していた。

 ソロ歌手陣は、当初の予定から一部変更があって、ルカ・ミケレッティ(マクベス)、アナスタシア・バルトリ(マクベス夫人)、リッカルド・ザネッラート(バンコウ)、芹澤佳通(マクダフ)、城宏憲(マルコム)、北原瑠美(侍女)、畠山茂(医師)という顔ぶれ。
 この中でも、マクベス夫人を歌ったバルトリは、伸びと張りと力のある声で傑出しており、殊更に悪女っぽい表現ではないものの素晴らしい歌唱を聴かせ、今夜のステージをさらった感さえあったほどだ。

 題名役マクベスを歌ったミケレッティも若い人だが、一本気なマクベスといった表現で、前半は比較的おとなしく、幕切れ近くに至り傲然たる表情を増して行ったのは、原作及びオペラにおけるマクベスという人物像を描くためのものだったのかもしれない。
 ただ、━━総じて、外国勢は見事だったが、迎え撃つ日本勢歌手陣は、どうしてもやはり一歩を譲った感があって……それが残念である。

 だがいずれにせよこれは、紛れもなく超弩級の「マクベス」であった。これほどの演奏はもう二度と聴けないかもしれない。
 30分の休憩1回を含み、9時45分終演。21日にも上演がある。有料だがライヴ配信もあるはず。

コメント

21日に、凄ましい悲劇の、おどろおどろしい演奏に圧倒された、7年前NYCのMETでネトレプコ、ルイージで聴いた時は、出だしのネトレプコの圧倒的な掴みの歌唱が強く印象に残っているが、昔LondonでROHで聴いた印象も強烈でなかった、今回はベルディの曲がこんなにも激しい、劇的な曲かと覚醒させられた思い。80歳のムーティの迫力の指揮に、打楽器、金管,木管群、長原幸太以下弦楽陣も思いっきり演奏しているのが、良く分かった。春祭オケとは家日本のオケ陣からこれほどの迫力を引き出したのは,流石の巨匠です。マクベス夫人若手ながら存在感ある歌いっぷり、rising starとして世界中の大舞台の活躍が期待される、マクベスは前半抑え気味、後半はムーティが選んだ実力が出た。合唱も指揮、演奏の迫力に対抗するものがあった。実に瞠目の演奏会でした。 5階L側一列目で。

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