2021-06

2021・3・31(水)東京・春・音楽祭「子どものためのパルジファル」

  三井住友銀行東館ライジング・スクエア1階アース・ガーデン 6時30分

 正確には「東京春祭for Kids 子どものためのワーグナー《パルジファル》(バイロイト音楽祭提携公演)」という名称。

 今年の音楽祭の目玉公演の一つ「パルジファル」本公演は、新型コロナ対策によるメイン・アーティスト来日不可のため惜しくも中止になったが、付随して開催される「子どものための」は予定通り5回開催されている。今日は第3日。このあとは4月3日と4日に公演が行われる。場所は大手町の三井住友銀行東館ロビーの特設会場。

 「パルジファル」は、もともと子供が観るようなオペラではない(見ちゃダメ、の類かもしれない)。
 しかも演出が過激を売り物のバイロイトの総帥カタリーナ・ワーグナー女史(今回はオンライン演出)となれば、ますます危ないものになりそうに思われるが、そこはそれ、子供向けとあって実に愛らしい舞台。
 愚かで純粋無垢な若者パルジファルは、魔人クリングゾルをやっつけて聖槍を取り戻し、めでたく聖杯の国の王様となり、永く国を治めましたとさ、というストーリーをシンプルに解り易く描き出した。

 上演時間を休憩なしの70分ほどにまとめ、音楽を要領よく抜粋し、ドイツ語歌詞で歌いつつ、要所に日本語のセリフを入れて物語を繋ぐ。登場人物は原作通りの役柄で、仮設ステージで衣装を着けての演技。第2幕の「魔法の花園」の場面はマンガチックなお菓子の世界とし、デーモン閣下ばりの扮装をしたクリングゾルが暴れ回るという設定に仕上げた。クンドリの役割は著しく薄められているが、子供のための物語仕立てだから、作品の哲学的な意味合いは切り落とされても致し方なかろう。
 オーケストラ(東京春祭オーケストラ)は、指揮の石坂宏とともにステージのずっと上手側に位置し、小編成ながら強大な音で音楽を響き渡らせる。

 観客は、前面に家族連れが床にクッションを敷いて並び、その後ろの壁際の椅子に評論関係と取材陣という具合で、ソーシャル・ディスタンス配置のため全体数は必ずしも多くはなく、オーケストラとキャストを合わせた人数とどちらが━━という状態ではあったが、それでも演技と演奏が真摯に繰り広げられていたことは讃えられてよい。
 子どもの目から見てどうだったかは定かでないが、大人の目から見ても、総じてよくまとまった面白いプロダクションだった、と言ってよいだろう。以前の「さまよえるオランダ人」などよりは、比較にならぬほど丁寧に仕上げられている。いっとき楽しめた上演であった。こういう「抜粋上演」は、形式はどうあれ、オペラ普及のためにも、もっと見直されてもいいだろうと思う。

 歌手陣は━━片寄純也(パルジファル)、斉木健詞(グルネマンツ)、大沼徹(アムフォルタス)、友清崇(クリングゾル)、田崎尚美(クンドリ)、河野鉄平(ティトゥレル)、横山和美・金持亜実・首藤玲奈・江口順子(魔法の乙女たち)という顔ぶれで、みんないい。他に助演者たち。
 なお編曲はマルコ・ズドラレク、オリジナル演出はトリスタン・ブラウン(2015年バイロイト)の由。

コメント

3月28日「パルジファル」

【全体】
2019年に続き大人券で鑑賞(3月28日)。前回にも増して充実した60分強だった。
親子聴衆優先入場後に入場し最前列最上手に座る。「背後からオーケストラ、前方から歌」のシャワー。手が届く距離でオーケストラ演奏・歌手の歌唱を聴くことができた。
前回同様、ストーリーは日本語・歌唱は字幕なしのドイツ語。子どもたちが集中力をもって鑑賞していることに感心する。
台詞はユーモアたっぷりでおかしみがあり興味深かった。「『パルジファル』は神聖な作品」と思うが、情けないアムフォルタス、かんしゃく持ちのティトゥレルなど、次に「パルジファル」本公演を聴く機会には思い出して笑ってしまいそう。
指揮者、奏者は実力派揃い。また、歌手はそれぞれ期待通り。特にティトゥレル役の河野さんは「夏の夜の夢」のパック役同様、歌に加えて抜群の演技・台詞回し(台詞部分はちょっと張り切りすぎの声量?)。退場しながらの「二代目はダメだ…」のアドリブ風ぼやきは自然に客席の笑いを誘った。
【演出】
本作品は本来「聖杯伝説」がモチーフ。無料配付プログラムのあらすじは原作通り「やり」「さかずき」と書いてある。しかし、実際の舞台は「聖杯」を「石」に置き換えて話を進めている。その意味・メリットはわからない。「賢者の石」?。しかし、元の物語と合致しないし、辻褄は合わない。
演出は全体に子どもが普通に楽しめる。映像の助けはあっても良かったかと感じた。
クライマックスの聖金曜日の奇跡では、前の場の「花の乙女たち」による誘惑道具(お菓子?花の香り?の誘惑)の一部は倒した形で雑然と散らかったまま。
この場面は照明や映像の助けを借りて「もう少し神聖さを…」と思う一方、新王パルジファルの前途多難を表現しているようにも思えた。

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