2021-06

2021・3・6(土)ワーグナー:「ローエングリン」セミ・ステージ形式上演

      滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール  2時

 あの画期的なオペラ生中継オンライン配信で話題を集めた「神々の黄昏」からもう1年経ってしまったのかと、過ぎ去り行く時のあまりの速さに感無量。
 今年は無観客ではなく、正常の形を採った上演となり━━入り口では検温や手指消毒などを義務づけてはいるものの━━クロークも付属レストランも開業しており、ホワイエでは人々が賑やかに懇談している。東京では半ば忘れ去られたような光景が、こちらでは未だ日常なのが羨ましい。感染者の非常に少ない滋賀県ならではの情景だろう。

 その恒例のワーグナー・シリーズは、今年は「ローエングリン」。ただしコロナ禍の状況を慮り、舞台上演でなく、セミ・ステージ形式上演が採られた。
 ピット内の配置とほぼ同じ型の並び方をしたオーケストラがステージ上に、その後方の少し高い場所に合唱団が位置、ステージ前方に設けられた多少の段差を備えた簡素な舞台に歌手陣。演技はごく象徴的な形のみにとどめられている。
 背景いっぱいのスクリーンに、白鳥をイメージした映像だけでなく、湖、城、槍を持った兵士の軍団などリアルな映像も投映され、それらは開閉される黒いカーテンによりアクセントが施される。このステージングは粟國淳の担当によるものであった。

 演奏はいつものように京都市交響楽団、指揮はびわ湖ホール芸術監督・沼尻竜典。2回公演の初日の今日の配役は次の通り━━福井敬(ローエングリン)、森谷真理(エルザ)、小森輝彦(フリードリヒ・フォン・テルラムント)、谷口睦美(オルトルート)、妻屋秀和(ドイツ王ハインリヒ)、大西宇宙(王の布告官)他。

 総括的に言えば、極めてよくまとまった上演であったと言えよう。沼尻は今回、ノーカット上演を目指した。もちろんローエングリンの名乗りの場面「遥かな国に」の第2段まで復活させたわけではないけれども、一般にカットが慣習となっている第2幕のブラバント人たちの合唱の一部も、第3幕のエルザの「おお、大地が揺れる」から一同の「白鳥だ!」に至る間の長いアンサンブルも、すべてノーカットで演奏した。この姿勢を、まずは讃えておきたい。
 そしてまた沼尻は、基本的にやや遅めのテンポを採っていて、それは時に慎重すぎるような感も与えたが、最も核心的なドラマたる第2幕では、前半の陰謀の夜の場面の重苦しさを後半の対決の場面で解放するといった音楽上の設計をも示して、大河のような演奏を展開した。

 京都市響の演奏も例年通りに安定している。「ローエングリン」のオーケストラ・パートには、昨年までの「指環」のような桁外れの雄弁さはないので、前奏曲以外には所謂聴かせどころといった要素に乏しいが、これだけオペラを安心して聴かせる管弦楽団は、日本では東の読響と、西のこの京響くらいなものであろう。

 歌手陣。題名役の福井敬は、「白鳥の騎士」にしては些か激情的に過ぎたようにも感じられたものの、本来このローエングリンというキャラクターには、音楽にも歌詞にも、非常に高圧的で横柄な性格が備わっているので、その面を強調して歌い演じたとみてもいいだろう。とにかく、あの強烈なパワーは相変わらず立派なものである。
 小森輝彦は少し声が荒れ気味ながら、前半での悪役的な表現を、「正義の自信」を回復した第2幕後半で大転換するといった感の歌唱で巧みさを発揮。

 森谷真理と谷口睦美は第2幕後半、ゲルマン神話に謂う「2人の女の争い」の場面で、見事な対決を聴かせた。森谷は3つの幕でエルザの感情の変化を描き分け、特に第3幕で本領を発揮、実に情感豊かな歌唱を披露してくれた。谷口も聴かせどころの第2幕で前述のとおり活躍したが、欲を言えばゲルマンの神に祈る悪魔的な部分と、その前後のエルザに対する偽善的な丁寧さとの対比をもう少し明確に出していてくれたらと思う。ラストシーンでローエングリンを罵倒する大見得場面も充分。

 その他の主役、妻屋秀和と大西宇宙は文句なし。布告官はもともと儲け役だが、それでもこれだけ朗々と歌ってくれれば聴衆の大拍手を集めるのも当然だろう。

 第2幕冒頭で、宮殿内から聞こえる祝宴のファンファーレは録音された演奏のPAによる再生だったようだが、1回目はちゃんと出たものの、2回目は音が出ず、長い長い無音の時間を生んでしまったのは、まさに大事故だ。明日はちゃんとミスなく再生してもらいたいものである。
 25分の休憩2回を含み、終演は6時半頃。

コメント

書きにくいことだと思いますが

何らかの関係者の方々だと言いにくいことだとは思いますが、ここ数年、福井敬さんの歌を聴く度に思うのは次のようなことです。

新国立劇場開場のシーズンにローエングリンに抜擢されたことが、福井敬さんのキャリアのエポックだったが、もうそれから20年あまりが経過した。そのときには聴いていないが、若杉弘さんの時代のびわ湖ホールのプロデュースオペラの常連としてのヴェルディの諸作だけでなく、ドイツものフランスものと活動の幅は極めて広く多くの役柄で聴いた。NHKの年始番組でトリを務めることも多く、第一人者であることには違いがないだろう。しかし、である。声の力は健在であっても、この人の近年の歌唱の劣化は看過できないものがある。今年の正月にも歌っていた"Un di all'azzurro spazio"など、イタリアものでの違和感が著しいが、問題点ははっきりしている。声の力強さが売りなのはわかるが、のべつそれに拘るから緩急強弱の塩梅が無茶苦茶で一本調子、歌が平板になる。それどころか、あちこちに強勢を置くからそうでない箇所とのバランスが悪化し、長いメロディラインが台無しになる。例えて言えば、凸凹道を高速走行するクルマに乗っている感じだ。そのせいか、この人の歌は頭のなかに余韻がほとんど残らない。第1幕、第2幕ではあまり気にならなかったが、第3幕になるともうダメだ。オペラを観に行く人、歌を聴く人なら誰でもわかるようなことなのに、ご本人にはそういう自覚がないのだろうか。広汎なレパートリーを獲得し、赫々たるキャリアを築いてきた人、声を失っているわけはなく、その輝かしさは保持しているだけに、とても惜しいことだ。もう久しく復活の日を待ちわびているファンがここにいる。

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