2021・3・3(水)大阪4オケ「4オケの4大シンフォニー2020」

  2021年3月

      フェスティバルホール  2時

 恒例の「大阪4オケ」。これは昨年春に行われるはずの「ベートーヴェン生誕250年」演奏会だったが、コロナ禍のため延期されていたもの。プログラムは、
井上道義指揮大阪フィルハーモニー交響楽団が「第3番《英雄》」
藤岡幸夫指揮関西フィルハーモニー管弦楽団が「第5番《運命》」
 20分の休憩を挟み、
飯森範親指揮日本センチュリー交響楽団が「第6番《田園》」
外山雄三指揮大阪交響楽団が「第7番」

 全てベートーヴェンだ。
 2015年の「第1回」に際し、当時大フィル首席指揮者だった井上がブラームスの交響曲をそれぞれ1曲ずつ順にやろうという案を出したところ、藤岡と飯森が「そんなの絶対嫌だ」と言って、4楽団ともそれぞれ聴衆をワッと沸かせる得意の曲目を出し合うプログラムになったという話が当日のアフタートークでバラされたものだが、今回はどうやら、その井上案に似たコンセプトに戻ったかのようである。

 先陣を切った大阪フィルは、その井上道義が指揮。今日はいつも以上に獅子奮迅の指揮で、彼としては、本当はもっと豪放磊落な「英雄」をやりたかったのだろうが、尾高忠明・現音楽監督のもとで整備された今の大阪フィルはやはり昔とは違うのだろう、あくまで生真面目に応えていて、第1楽章最後の昂揚個所では井上がオケの中まで前進してトランペットを煽っていたにもかかわらず、さっぱり音が来ず、あの第1主題が際立たない、ということまであった。まさか原典版以外の譜面で吹いたことがない、というわけでもないだろうに。大阪随一の規模を誇る老舗オケにしては、これは良し悪しだろう。
 しかし他方、極めて遅いテンポが採られた第2楽章はまさに「葬送行進曲」に相応しい演奏で、充実感があった(アフタートークで井上サンは、昨年の丁度この日に長逝した大阪国際フェスティバルの元総帥、村山美知子氏のことに触れていたが、この第2楽章の思い入れの強い演奏は、それと関連があるのか?)。

 この大フィルは弦16型の大編成で威容を誇示したが、次に登場した藤岡幸夫と関西フィルは弦14型編成。だが気合の入りようは大フィルを凌ぎ、日本のオケとしては珍しいほど激烈壮大な「運命」を演奏した。第2楽章は引き締まって立派だったし、第4楽章展開部の最後に全管弦楽が崩れ落ちて行く個所など轟然たる凄まじさで、息を呑ませた。コーダでプレストに転じた時のテンポ感の明晰さも見事なもの。この日一番の爆演と言えたであろう。

 休憩後の日本センチュリー響は、意表をついて弦10型による「田園」。このピリオド・スタイルによるベートーヴェンは、今日の4オケの中で個性を際立たせるには絶好の方法だと思われたし、4人の指揮者の中で飯森範親の得意業を示す上でも巧みなアイディアだと思われた。小編成のすっきりした響きの演奏からは、第1部での二つの猛烈巨大型の演奏の後では、清涼な感さえ与えられる。第1楽章展開部の、主題のモティーフが反復される個所での転調の扱い方もいい。嵐の楽章もなかなかのリアル感だったが、ただ、第2楽章の弦の音色には、私としては些か抵抗感がある。
 飯森サンは、ピッコロ、トランペット、トロンボーン、ティンパニの各奏者を第3楽章トリオの個所で入場させたが、これはもともと井上サンがやっているスタイルなのだとのこと。演出としては、あまりサマにならないように思われるが如何。マーラーの「第4交響曲」第3楽章で、大爆発の瞬間にソプラノ歌手を入場させるのとは少し雰囲気が違う。

 大トリは弦14型編成の大阪響と、その名誉指揮者となった大ベテラン、外山雄三の指揮だ。この5月で90歳になろうという外山さんなのに、その元気さは驚くべきものである。ステージ上の毅然とした挙止も、アフタートークでの歯切れのいい話ぶりも、少しも変わっていない。彼が指揮した「7番」は、どちらかと言えば悠然たる風格のものだが、それでも第4楽章での昂揚感は見事なもので、ここぞという個所では堂々と音楽を決めるその気魄、その構築力、そのカリスマぶりは尊敬に値しよう。
 ただしオーケストラは、金管群の不安定さが目立ち、指揮者の遅いテンポを保ち切れぬ個所も散見して、いい状態にあったとは言い難い。とはいうものの、その量感ある演奏は、聴き終わった後の印象を鮮やかにさせる。

 というわけで、4指揮者4オケの演奏の気合の入りようは並々ならず、かつ作品の密度の濃さも尋常ではないから、些か疲れたのは事実。最後に各オケの演奏会招待の抽選会が賑やかに行われ、終演は6時少し過ぎとなった。お客さんの入りは素晴らしい。
 今年「2021の4オケ」は4月17日に開催される。また行ってみようかと思っている。
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