2021-06

2021・2・17(水)東京二期会「タンホイザー」初日

      東京文化会館大ホール  5時

 ワーグナーのオペラが無事に上演できたのは、コロナ禍の当節、そして世界のオペラ界の現状に照らしてみても、むしろ奇蹟に近いことかもしれない。

 今回の「タンホイザー」は、フランス国立ラン歌劇場のプロダクションで、演出はキース・ウォーナー、装置はボリス・クドルチカ。セバスティアン・ヴァイグレが読売日本交響楽団を指揮。
 声楽陣はダブルキャストで、今日の初日は片寄純也(タンホイザー)、田崎尚美(エリーザベト)、板波利加(ヴェーヌス)、大沼徹(ヴォルフラム)、狩野賢一(領主ヘルマン)、大川信之(ヴァルター)、友清崇(ビーテロルフ)、菅野敦(ハインリヒ)、河野鉄平(ラインマル)、吉田桃子(牧童)ほか。二期会合唱団。

 第1幕はバッカナールを含むヴェーヌスベルクの場面および牧童の場面を拡大した完全パリ版、第2幕はドレスデン版の「ヴァルターの歌」を復活させ、かつパリ版の幕切れを使用した折衷版。そして第3幕のエンディングもパリ版━━この全曲最後の個所を壮麗なパリ版にした演奏は、めったにナマでは聴けないので嬉しかった。
 また、第2幕大詰めの素晴らしい大アンサンブルでは、幾分かはカットがあったものの、重要な個所は生かされていたので、まあいいだろう(新国立劇場のカットの仕方は無茶苦茶で、断じて許せない)。

 キース・ウォーナーの演出は予想外にストレートだが、細部は綿密だ。
 歌合戦の場ではエリーザベトが客席の方を向いて座っているので、彼女がヴォルフラムのプラトニックな愛の解釈に退屈し、タンホイザーの情熱的な恋愛観に賛意を表するあたりの表情の変化も、判りやすく描かれる。

 第2幕の歌合戦の場にもヴェーヌスが登場し、ギャラリーから盛んにタンホイザーへ秋波を送っているのは少し説明過剰だが、タンホイザーの歌のあとにはオーケストラにヴェーヌスベルクの音楽の断片が閃くのだから、応用解釈としては正しいだろう。
 ただ、この場や、ヴェーヌスベルクに時たま現れる幼い少年は、ワーグナーもしくはタンホイザーのメタファー(隠喩)だということなのだが、あまり効果的とも思えない。この少年に、歌合戦のため入場して来る女性たちが賛美を表するというのだから、ここだけひねくってあるのは確かだろう。

 最終場でエリーザベトの棺に取り縋るのはタンホイザーでなくヴォルフラム━━という設定をはじめ、彼のエリーザベトに対する思慕の念は第2幕最初からかなり詳細に描かれ、ドラマに変化を添えている(この三角関係を極限にまで浮き彫りにしたのは、ドレスデンでのコンヴィチュニー演出だった)。それゆえ、第2幕最初のタンホイザーとエリーザベトの二重唱の間に挟まれるヴォルフラムの短い絶望のモノローグをカットせずに歌わせたのは当を得ているだろう(これをカットする指揮者や演出家が実に多いのだが、気が知れない)。

 歌手陣。片寄は馬力も充分ながら、特に第1幕での歌い方が荒っぽいのが気にかかる。第2幕以降は復調したようだが、いずれにせよ、かなりワイルドなタンホイザーと言えよう(ただ、こういうタンホイザー像を創る歌手は多い)。
 田崎尚美は第2幕で男声合唱の上に朗々と抜きん出るソロを聴かせ、また第3幕での「エリーザベトの祈り」で本領を発揮した。一方、ヴェーヌス役の板波利加も健闘したが、もう少し官能の女神という雰囲気が欲しかったところだ。
 そして大沼徹が、エリーザベトへの秘かな愛に苦悩する誠実なヴォルフラム像を、巧みに歌い演じた。歌手陣の中で、彼がカーテンコールで最も大きな拍手を浴びたのも当然と言えよう。 

 だが、今日のカーテンコールで最も大きな拍手を受けたのは、セバスティアン・ヴァイグレである。やや遅めのテンポで、落ち着いて安定した、叙情味に重点を置いた「タンホイザー」を描き出した。これまでいくつか聴いたウィーンやバイロイトでの彼の指揮からは想像もできなかったほどの出来栄えだ。
 これに応えた読響も流石の実力で、均衡豊かな密度の濃い音楽を奏で、第2幕前半での弦の響きのしなやかな柔らかさなどは傑出していた。今回は、昨暮からずっと協演を続け、互いに気心の知れた仲となったこの両者が組んだことが、音楽的にも成功を収めた要因であろう。そしてもちろんこれが、公演全体の成功に大きな寄与をもたらした一因となったのである。

コメント

2日目を聴いて来ました。
指揮とオーケストラ、特別な減点要素はみつからないけど加点要素もみつからないという印象でした。こんなにワクワクしない序曲とヴェーヌスベルクの音楽(オケだけの場面)も珍しいし、ヴェーヌスベルクのあと牧童の場面に切り替わってもオケの音色とか空気が変わらないのも残念。2幕冒頭の前奏でエリーザベトのワクワク感が全然伝わってこない、いちにさんはいで始まるみたいな三連符、おまけにズレたのも興ざめ。歌合戦での的確な伴奏は良い仕事してるなとは思いましたが。一方で歌手の方たちはみんな素晴らしかったという印象。特にヴェーヌスの池田さんはいまさら言うまでもないけれど抜きん出ていました。タンホイザーも大変な役ですがとても良かったと思いました。

遅ればせながら

モーストリークラシックの音楽巡礼記も拝読しました。特に演出と歌手達の演技に対する本質を突いた指摘に、感服しました。
ヴァイグレさんと読響は実に素晴らしかったと、私も思います。このコンビには今後も、頻繁にピットに入ってほしいものです。

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