2021-06

2021・1・29(金)エリアフ・インバル指揮大阪フィル

       フェスティバルホール  7時

 エリアフ・インバルと大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏を聴くのは、これが3度目になる。前回は2017年7月28日のマーラー「6番」、前々回は2016年9月28日のマーラー「5番」他であった。

 回を重ねるごとに、演奏が素晴らしくなる。今回のプログラム━━プロコフィエフの「古典交響曲」とショスタコーヴィチの「交響曲第10番」での演奏は、私がこれまで聴いた大阪フィルの演奏の中でも、屈指の水準のものだったと言ってもいいように思う。

 「古典交響曲」は弦12型、「10番」は弦16型の大編成による演奏。いずれもインバル特有の揺るぎなく引き締まった構築性、力のあるリズム(ティンパニの切れが実に良い)に支えられた豊かな律動感、豪壮雄大なスケール感などに満ちた、緊迫度の高い音楽にあふれていた。音楽監督・尾高忠明によって整備された最近の大阪フィルが、優れた客演指揮者のもとで聴かせる見事な演奏の一例とも言えるだろう。

 「古典交響曲」は、やや遅めのテンポで、急がず騒がず、堂々たる風格を保ちつつ構築されていた。プロコフィエフのユーモアもアイロニーも、若き日の彼の見栄のようなものもすべて気にせず呑み込んで、大規模なシンフォニーに仕上げた━━という感を与える演奏である。ティンパニの鋭い打ち込みが生み出す迫力も目覚ましく、全曲の最後が「叩きつける和音」の反復であるということを見事に浮き彫りにした演奏でもあった。

 更に見事だったのは、ショスタコーヴィチの「第10交響曲」での演奏だ。長い第1楽章でも緊迫感を失わせることはない。第2楽章では破壊的な激しさで突き進むにもかかわらず、オーケストラには完璧なほどの均衡を保たせる。第3楽章ではホルン・ソロが安定して際立ち、重要な「エルミーラの主題」の意味を明確にしていたし、終楽章では作曲者自身のモノグラム(D-Es-C-H)で音楽を一転させる個所へのアッチェルランドの巧妙さも強い印象を残した。全曲大詰におけるモノグラムでの大暴れも、ティンパニの歯切れよさでいっそう映えたという感がある。

 インバルの指揮は、かように卓越したものだった。これは、この「10番」が、ショスタコーヴィチの15の交響曲の中で「4番」「8番」に次ぐ傑作であることを証明する演奏でもあったのである。
 それにしても、大阪フィルの最近のパワーは刮目すべきものがある。もはや昔のような「野武士」ではない、わが国オーケストラ界のリーダーシップを執る楽団の一つになった、と言ってもいいだろう。
 コンサートマスターは崔文洙。

コメント

インバルさんと大阪フィルさん

東条先生、お寒い中お疲れ様でした。先生のブログを拝読して、急遽チケットを取りました。拝聴できて良かったです!私、プロコフィエフの「古典交響曲」も、ショスタコーヴィチの交響曲第10番も、会場で拝聴するのは初めてだったのですが、どちらも素晴らしかったです。インバルさんの渾身の指揮にも、大阪フィルさんの熱演にも感動しました。大阪フィルさんの堂々たる演奏は、日本のオーケストラ界のリーダーシップを執る楽団の一つになっていることの証だと思います。拝聴できて、ああ!嬉しかった!

フェスで聞く大フィル

大阪フィルの朝比奈以来の迫力の音はやはりフェステバルホールの大きな空間で培われたものだったのかと思いました。3階の上までらくらく届く音に。ショスタコの10番は以前大フィルで2度ほど聞きましたがその時もよかったと思います。

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