2021-06

2020・10・31(土)群馬交響楽団創立75周年記念演奏会

       高崎芸術劇場 大劇場  6時45分

 山田和樹が客演、ベルリオーズの「イタリアのハロルド」(ヴィオラのソロは今井信子)、ガーシュウィンの「パリのアメリカ人」、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」というプログラムを指揮。

 彼と群響は前夜にも東京オペラシティコンサートホールで同一プロを演奏していたが、私は藤が丘でオペラ講座をやっていたため東京公演には行けなかった。というより、新しい高崎芸術劇場で群響を聴いてみたいと以前から思っていたので、この高崎行きは当初から予定していたのである。それに高崎は東京駅から新幹線で50分。車内で駅弁を食べる余裕もないほど、近い。

 昨年秋に開館した高崎芸術劇場は、高崎駅東口(つまり以前からあった群馬音楽センターの方とは反対側だ)から200メートル足らずか。駅(2階)から劇場までは直接小さな屋根付きの空中回廊が通じていて、吹き降りでなければそれほど濡れずにホールまで行くことができるという仕組み。客席数2027の大劇場、412席の音楽ホール、400~1000席可変の演劇用のスタジオシアターなどを含む、大規模な施設だ。

 今日訪れた大劇場は、ホワイエも会場内も木目調で、スペース感も充分。特にホワイエとロビーの外部に面した部分はすべてガラス張りで、極めて開放的で気持がいい。
 音響の面では、それほど残響は長くはないが、オーケストラの音は良く響く。あの古い群馬音楽センターに比べれば、広さといい、アコースティックといい、設備といい、楽屋の広さといい、御の字であろう。群響にもやっと大きな音のいいホームグラウンドが出来たというわけで、これは本当に喜ばしいことである。

 実際、今日ここで鳴り響いた群馬交響楽団は、これまで古いホールで鳴っていたそれと比べると、全く別のオーケストラのように聞こえた。よりダイナミックで、より緻密で均衡豊かで、より美しい。いわば、スマートなオーケストラというイメージになっていたのである。

 今日の演奏、3曲それぞれの性格の描き分け、音色の変化などという点でも、鮮やかだ。
 「イタリアのハロルド」はシンフォニックな力感に富み、「パリのアメリカ人」は、所謂煌びやかな音ではないにしても、活気の漲る演奏である。一転して「ラ・ヴァルス」では、弦楽器群の柔らかい音色が優雅なニュアンスを醸し出す。
 これらはもちろん山田和樹の卓越した指揮から引き出されたものだが、それにしても彼の音楽構築は、また巧さを増した。「ハロルド」の全曲大詰での劇的な追い上げ、「パリのアメリカ人」でのリズムの躍動感。「ラ・ヴァルス」では、冒頭のコントラバスの4小節のピアニッシモはどうやら凝り過ぎていて、私の席(1階21列)でさえほとんど聞こえないような弱音になっていたが、中間部以降での熱狂ぶりは見事なものだった。

 「ハロルド」での今井信子のソロは風格充分で、放縦で苦悩に満ちたチャイルド・ハロルド像というよりも、思索に耽る高貴な性格のハロルド━━といった感だろう。なお彼女のソロ・アンコール曲、バッハの「無伴奏チェロ組曲第1番」からの「サラバンド」における深みのある演奏は、天下一品の趣があった。

 客席配置は未だ市松模様で、上限900席とのことだったが、お客さんはよく入っている。もともと群響のお客さんは、音楽センターの時代から、熱心な雰囲気を漲らせていたものだ。「いつ頃から以前の着席スタイルに戻しますか」と渡会常務理事に訊ねたら、「それならそれで今度は、隣にも人がぎっしりの客席では密が心配だ、と足が遠のいてしまう高齢者のお客さんもいるかもしれないので、それも心配なのは事実です」とのこと。これは確かにあり得るかもしれぬ。

 この劇場の「感染予防対策」も「健康状態記入用紙」を書かせるなど大がかりだが、大阪のどこぞのホールとは違い、場内アナウンスは柔らかである。ただ、終演後の時差退場の指示はあまりに悠然たるものだ。

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