2021-06

2020・9・26(土)尾高忠明指揮東京交響楽団

     サントリーホール  7時

 続いて赤坂のサントリーホール。

 こちら東京響の9月定期でも、ホール入り口での手洗い消毒と非接触の体温測定はそのまま続けながらも、聴衆の座席設定を完全に通常のスタイルに戻した。つまり定期会員などは「市松模様座席への組み換え」をもう受けず、「もともと買った席」に座ることができる━━というスタイルである。
 したがって、私どものような「業者」連中も、2階席正面に隙間を空けずぎっしりと座らされる、という状態になり、お互い顔を見合わせて苦笑することになったわけだが、しかし客席をよく見ると、総じて2階席には客が多いが、1階席には空きが目立っていたようで━━つまりふだん1階席に多い年輩会員たちは、コンサートを聴きに行くには相変わらず二の足を踏んでいる、ということらしい。

 さて、演奏会のほう。当初予定のブランギエ(指揮)とイブラギモア(ソロ)の来日が不可能となったため、尾高忠明の客演指揮、川久保賜紀のソロで開催された。プログラムは、リャードフの交響詩「魔法にかけられた泉」、ショスタコーヴィチの「ヴァイオリン協奏曲第1番」、バルトークの「管弦楽のための協奏曲」。コンサートマスターはグレブ・ニキティン。

 代役とはいえ、それ以上の見事な仕事をしてくれた尾高と川久保である。
 尾高の指揮する「魔法にかけられた泉」では、夢幻的で官能的な響きが拡がっていた。かつてゲルギエフの指揮で聴いた時のような、ロシア特有の濃厚な色彩感には届かなかったかもしれないが、リャードフの幻想の世界をよく描き出していた点では、これはこれで適切な演奏であったと思う。

 また「管弦楽のための協奏曲」でも、東京響から久しぶりに完璧な均衡を備えた演奏を引き出し、この曲のシンフォニックな一面を浮き彫りにしてくれた。外国のオーケストラが演奏するとこの曲はまさにオーケストラの各楽器のコンチェルトといった趣になることが多いのだが、日本の指揮者とオーケストラはやはり全体の調和、均衡を自然に表に出してしまうのだな━━などと興味深く聴いていた次第である。

 ショスタコーヴィチの協奏曲での、川久保賜紀の演奏も、これももう見事なもの。特にアレグロ・コン・ブリオの「ブルレスカ」では、鮮やかなテクニックを煌かせつつも、これ見よがしのあざとい狂乱を聴き手に押しつけるといったようなところのない、爽やかで自然な演奏が聴けた。

コメント

同感です

尾高先生は数十年ぶりのオケコンだった様ですし、東京交響楽団を指揮するのも記憶ないですね。ただ、演奏は非常に素晴らしかったです。川久保さんのソロはパッサカリアよりもブルレスカでした。技術を見せつけるよりも、以前よりも自然体の演奏ですっかり引き込まれました。私のお気に入りのハープ影山梨乃さんは同じ早川門下の津野田圭さんとピッタリ。そして、1番梨乃さんの良いところが出たのがリャードフでした。

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